第60話 和解と誤解



「……怒られちゃったね」



「うん……」



「ゴメン……。注意しといて、結局私が一番大声出してた……」



 加藤さんが済まなそうな顔でシュンとしている。

 なんだか、今日は加藤さんの色んな表情を見られるなぁ……



「ううん、私も笑っちゃってゴメンね。加藤さんの意外な一面が見れて、なんだか嬉しくなっちゃって」



 私がそう言うと、加藤さんは少し顔を赤くして何かを言いかけ、慌てて飲み込む。

 また大きな声を出しそうになったのかもしれない。



「……あ、朝霧さん、丁度良い機会だし、言っておきたいことがあるの」



 暫し顔を赤くしたまま視線を泳がせていた加藤さんが、急に真剣な表情になった。

 その表情から、怒らせてしまったのだろうかと少し心配になる。



「は、はい」



「……初等部時代のこと、今更遅いって思うかもしれないけど、どうしても謝っておきたくて」



「っ!?」



 想定外の言葉に、全身が強張るのを感じる。



「本当はもっと早くに謝るべきだったんだけど、その、怖くて……。ごめんなさい……」



 怖いというのは、多分だけど、私がどんな反応をするのかが怖かったのだろう。

 私にも身に覚えがあるから、その気持ちはなんとなく理解できる。

 ただ意外だったのは、加藤さんがそこまであの件・・・を気にしていたことだ。



「そんな、加藤さんは、別に何もしていないでしょ? むしろ謝るべきなのは私の方で……」



「何もしなかったのが、問題でしょ。……ううん、何もしなかったっていうのも嘘だね。私も平野さん達と一緒で、朝霧さんに全部を押し付けようとしていた側なんだから……」



 ……まさか、加藤さんがあの時のことを、そんな風に思っていただなんて。



「……やっぱり、謝るのは私の方だよ。ずっと加藤さんに誤解させていたってことだもの」



「誤解?」



「うん。だって私は、本当に加藤さんのことを恨んでなんかいないから」



 私の言葉に、加藤さんは驚くというよりも訝しむような表情になる。



「でも、私は……」



「あのね、あの頃の私って本当に心に余裕が無かったの。悪いのは全部自分が至らないせいだって思っていたし、周りのことなんてほとんど見ていなかった。だから私は、平野さんのことだって悪いと思っていなかった……。それが、増々状況を悪くしていることに気づかないまま、ね……」



 初等部時代、私は平野さんというクラスメートから色々とちょっかいをかけられていた。

 原因は私の性格にもあったし、彼女の性格にもあったと思う。

 ただ、私がもう少ししっかりしていれば、あそこまで状況が拗れることはなかっただろう。

 ……私の無関心こそが、彼女の琴線に触れる要因だったのだから。



「加藤さん、私は本当に、あの頃のことに関してはもう気にしていないの。本当はもっと早くそれを伝えるべきだったのに、怖がって初等部時代のクラスメートと関わり合うのを避けて来た。長いこと気負わせてしまって、本当にごめんなさい」



 もっと早く自分から歩み寄っていれば、加藤さんが罪悪感に苛まれることは無かったはずだ。

 私はやっぱり、まだまだ未熟者である。



「……それは私も一緒だよ。あ~、でもさ、朝霧さんって頑固そうだし、もうお互い謝ってお終いってことにしちゃわない?」



 ……加藤さんは、私なんかよりも余程大人だなぁ。

 もし私が加藤さんの立場だったら、決して同じ言葉は出なかったと思う。



「加藤さんが、それで良いのであれば」



「良し! じゃあ、これで和解ってことで、今後とも宜しくね?」



「うん、宜しく」



 加藤さんが笑顔で手を差し伸べてくる。

 私も自然と笑顔が浮かび、その手を握り返した。



「……ところで、私ってやっぱり、頑固そうに見えるのかな?」



「見えるも何も、ねえ? 麻生さん」



「う、うん。私も、そう思う」



 た、たまちゃんまで……

 って、それよりも、



「ゴメンたまちゃん! 私達だけで話しちゃって……」



 加藤さんはわからないけど、私は完全にたまちゃんのことを忘れて話をしていた。

 たまちゃんは初等部時代のことを知らないのだし、これでは完全に蚊帳の外だ……



「ううん、昔のお話が聞けて、私は嬉しかったよ?」



 嘘を言っているようには見えないけど、たまちゃんのことだから半分くらいは気づかいなのだと思う。

 本当に申し訳ないです……



「そ、それよりも、さっきの話しって、前に柚葉ちゃんが先輩に助けられたって言ってた話のことだよね?」



「う、うん」



「……やっぱり、あの先輩って、凄い人なんだね」



 そう、塚原先輩は凄い。

 今回も、先輩にはとても助けられた。

 先輩がいなければ、私は今頃まだおろおろとしているだけだっただろう。



「おお、麻生さんが乙女の顔してる……!? これは朝霧さん、ライバル出現なんじゃない?」



「っ!? そうなの、たまちゃん!?」



「えっ!? 違うよ!? 私は別に!」



 まさか、たまちゃんまでもが先輩のことを好きになってしまうとは……

 いや、でもこればかりは仕方ないのかもしれない。

 先輩の素晴らしさを知ってしまえば、普通の女の子なら大抵は好意を持ってしまうからだ。

 のどかちゃんや静流ちゃんだって、先輩に対しては尊敬の眼差しを向けているし……



「……たまちゃん、別に私に対して遠慮する必要はないんだよ? ライバルってことにはなっちゃうけど、もし先輩がたまちゃんのことを好きになったら……、しゅ、祝福するから、ね?」



 情けないことに、言葉の後半がたどたどしくなってしまった……

 自分で言っておいて酷い話だけど、やはり素直に祝福はできないかもしれない……



「ち、違うよ柚葉ちゃん! 私はただ、凄い感謝してるってだけで……。だから、塚本先輩にはちゃんとお礼をしたいなって……」



 慌てた素振りで否定するたまちゃん。

 しかし、その否定よりも、気になる単語を彼女は口にした。



「……塚本、先輩?」



「……え?」



 一瞬の沈黙。

 ちょうどそのタイミングで鳴った予冷が、なんとも間抜けな雰囲気を醸し出す。


 ……どうやら、たまちゃんは盛大に勘違いをしているようであった。



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