第62話 教室で友人の愚痴に付き合う
「なあ塚原……、俺は今、この世の不条理に憤っているんだ」
「……いきなりお前は何を言っているんだ?」
四時限目の授業が終わり、昼休みに入って早々、塚本の奴が急にワケのわからないことを言い出した。
塚本がワケのわからないことを言い出すの自体は、別に珍しくもなんともないのだが、今日はいつにも増しておかしい気がする。
というのも、普段無駄にうるさいこの男が、今日は珍しく静かだったからである。
それでいて、急にこの発言なのだが……
まず間違いなく、何かがあったことだけは予想できた。
「今日の俺は、いつになく落ち着いてると思わなかったか?」
「……まあ、やけに静かだなとは思ったが」
「じゃあ、何故理由を聞いてこない?」
そんなこと、決まっているだろう。
まず間違いなく、下らないことだと思ったからだ。
ツッコミ待ちをしている時点で、そんなことは容易に想像できる。
俺以外の友人達もそれは一緒だったようで、触らぬ神に祟りなしといった感じで距離を取っていた。
こういう時、席の近い俺は逃げようがないので面倒である……
「……そっとしておいて欲しいのかと思ってな」
「そんなワケないだろ!」
「いや、知らないし……」
別に会話自体を拒んでいるワケじゃないんだから、自分から話しだせばいいではないか……
本当にこういう所は、昔から全く変わらない。
「よしわかった。知らないなら教えてやろう」
「あ、ああ……」
そういう意味では無かったのだが、疲れるのでスルーすることにする。
「その前に一つ質問だが、お前は杉山の噂話を聞いたか?」
「杉山の、噂話……?」
唐突に切り出された話に、俺は増々困惑する。
噂話というのもわからないが、そもそも何故このタイミングで杉山の名前が出てきたのかもわからない。
「やはり知らなかったか……。実はだな、杉山の奴が少し風紀委員と揉めたらしいんだ」
「杉山が、風紀委員と?」
杉山の名前が出たことも意外だったが、その内容もまた意外であった。
俺の印象では、杉山は人畜無害で真面目な男で、決して風紀委員に目を付けられるようなことをするようには思えない。
……いや、もしかして、カメラの件か?
確かに、カメラを仕掛けたことが
「……もしかして、例のカメラの件か?」
「いや、違う。先日のことなんだが、杉山はどうも学校に不要物を持ってきたとかで、それを風紀委員に取り上げられたらしい。んで、それを隙を突いて取り返したという話なんだが……」
そこまで話して、塚本は腕を組んで頭を捻りだす。
「何故か、どうしてか! ……杉山はその風紀委員と付き合い始めたらしいんだ!」
「……はぁ?」
話の流れが全くわからない。
どうしてその流れで、杉山が風紀委員と付き合うなんてことに……?
それに、風紀委員って女子だよな?
であれば、それに該当しそうな人を俺は一人しか知らない。
「もしかして、その風紀委員って、藤原先輩のことか?」
「そうそう! あの藤原先輩だよ! クールビューティの!」
やっぱりか……
先程の話しでは何がどうなってそんな流れになったかは不明だが、それならばある程度の仮説は立てることができる。
例えばだが、杉山はどうやら藤原先輩と以前から交流があったようなので、その件とは関係なく最初から付き合っていた……、という可能性も十分にあり得るのだ。
「え~っと塚本、どういう経緯で二人が付き合い始めたのかは知らないけど、少なくとも杉山と藤原先輩はその件が初対面じゃ無いハズだぞ」
「え、そうなのか?」
「ああ。そもそも、カメラの件で杉山を紹介してくれたのは藤原先輩だしな。結構前から交流はあったみたいだぞ?」
「マジか……。いや、しかし問題はそこじゃないだろ!」
塚本が机を両手で付き、身を乗り出してくる。
「おい、なんで顔を近づける!」
「重要なことだからだ!」
「いや、何が重要なんだよ!」
「だってそうだろ!? 杉山のヤツ、俺達に黙って彼女作るとか裏切りじゃないのか!?」
なんでそうなるんだよ……
塚本の考えていることは、やっぱり下らないことであった。
「杉山が何を裏切ったっていうんだ……」
「アイツ一人だけ彼女作るなんて、ズルイだろ!?」
だから、なんでズルになるんだよ……
「しかも、
「あ、ああ……。めでたいことじゃないか。藤原先輩は良い人だし、杉山も良い奴だ。お似合いだと思うぞ」
俺がそう言うと、塚本は眉間に指を当て、やれやれと首を振る。
「はぁ……、お前はわかっていないよ。これがどれだけ凄いことなのかを。……いや、そうか、お前には朝霧さんって飛び切りの彼女候補もいるし、前島さんや、他にも色んな女子に慕われてるもんな。お前にとっては、確かにささいなことなのかもしれないな……」
なんだか、とても誤解を招く言い草である。
一部の女子に慕われているという話は確かに耳にするが、朝霧さんは別に彼女候補なんかじゃないし、修先輩の彼女である前島さんの名前が出てくるのも意味不明である。
「いいか、塚原。杉山はお前と違って、パンピーなんだよ。いや、俺の勘ではパンピーと言うよりオタク寄りの人間だ」
随分な言い草である。
しかも、勘ときたものだ……
「いやいや、俺もお前も、杉山と知り合ってまだ間もないだろ……。アイツのこと良く知りもしないでパンピーだのオタクだの言うのは、ちょっとおかしいんじゃないか?」
「別に、俺だって断定しているワケじゃないぞ? ただ、俺も少しオタクなとこあるから、なんとなくわかるんだよ。同族の臭いってヤツがな」
そんなことを自慢げに言われても、俺は困惑するしかない。
確かに、杉山はパソコンなどに詳しいらしいし、今回の件でもカメラの調達や撮影に協力して貰っている。
その点を踏まえれば、確かにオタク気質がありそうな雰囲気はあるのだが、だからと言って別に負のイメージは無い気がする。
見た目も清潔だし、少なくとも世間一般でいう所の、『悪いイメージのオタク』とは結び付かない。
「じゃあなんだ、塚本は杉山がオタクなのに藤原先輩と付き合うのはおかしいと言いたいのか?」
「そうじゃない! ただ、杉山のような草食系男子が、あんなクールビューティをゲットするのが奇跡的なんだよ!」
「奇跡って……。いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないか?」
「じゃあ聞くが、お前は一体どうやって藤原先輩を攻略したか、わかるのか!? お前なら、攻略できるってのか!?」
「いや、それはわからないけど……。ていうか、攻略って言うのやめないか?」
そんなこと言ってるから、女子に引かれるんだぞ……
「しかし、しかしだなぁ……。俺だって、今回は頑張ったんだぞ? なんでこんな格差があるんだよ……」
今度は腕を枕にしてスネ始める。
情緒不安定な奴だな……
「まあ確かに、今回の塚本は頑張っていたと思うが、別にモテたくて頑張ったワケじゃないだろ?」
「そうだけどさ……。折角良いことしたんだし、何かあっても良いじゃん……。杉山だけズルイだろ……」
まあ、そういう意味では、杉山には善行が返って来たかのように見えなくもないが……、ん?
「……いや、塚本。案外、杉山だけってことでも無いかもしれないぞ?」
「…………?」
俺の視界に、教室の扉からこちらを覗き見る女子生徒の姿が映る。
朝霧さんである。
昼休みなっても俺達が教室を動かなかった理由は、実は彼女を待っていたからだったりする。
――そして、今日は朝霧さんに加え、もう一人女子生徒が付いて来ていたのであった。
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