第57話 加山さん①



 あの日から二日が経った。

 机の中や、教科書などを確認する限り、今日も何かされた様子は無い。

 どうやら本当に、木村さん達は私への嫌がらせをやめてくれたようだ。

 それが一時的なのか、それともずっとなのかはわからないけど、一先ず心の荷が少し降りた気がする。

 体調に関しても少し良くなっており、今日も保健室のお世話になることはなさそうである。

 ……ただ、私の心の中には依然として、モヤモヤとした感情が残ったままであった。



「はぁ‥‥…」



「……どうしたの? 朝っぱらからため息吐いて」



「あ、えっと、その、なんでだろう……。自分でも良くわからなくて……」



 思わず漏れたため息に、加山さんが反応する。

 そういえば、前にもこんなことあったっけ……



「自分でも良くわからないって、何それ? 悩みごと?」



「うーん……、悩みってワケじゃないんだけど……。ごめんなさい、本当にわからないの……」



「はい、減点1!」



「あ……」



 そうだった……

 加山さんとは、私のすぐ謝る癖を矯正する為、減点形式のゲームをしていたのだった。

 最近は色々あり過ぎて、すっかり忘れていたけど……



「なーんて、今のは意味が無かったワケじゃないし、無しにしてあげるよ」



「あ、ありがとう」



 そういえば、最初にそんなルールを設定したような気もする。

 全ての『ごめんなさい』を禁止してしまうと、本当に謝罪しなければならない時に問題となるからだ。



「でも、麻生さんの謝り癖、少しずつ直ってきてるみたいだね」



「え?」



「だって、以前の麻生さんだったら、最初っからいきなり謝ってたよ?」



「………っ」



 思い出した……

 確かこのやり取りは、初めて加山さんが話しかけてきた時と同じ……



「思い出した?」



「うん……」



「あの時の麻生さんったら、『どうしたの?』って聞いたのに『ごめんなさい』って返してくるんだもん」



「ご、ごめ……、あの、これは『ごめんなさい』でいいよね?」



「まあ、OKかな。とりあえず謝り癖は徐々に直ってきてるみたいだし、これからもゲームは継続っていうことで!」



「うん……。お願いします」



 自分自身あまり実感は無かったけど、どうやら私も少しは成長できているようだ。

 始めはただの悪ふざけかと思ったけど、効果があるのなら今後も続けたいと思える。



「でも、あの時も『自分でもわからない』って言ってたよね? 本当に悩みとかじゃないの?」



「うん。自分でも本当に良くわからないんだけど、胸がモヤモヤするような、チクチクするような感じなの……」



 私がそう言うと、加山さんはポカーンと口を開けて固まってしまった。

 いつもキリっとしている加山さんにしては、珍しい表情である。



「……麻生さん、それって、恋の悩みだったりしない?」



「えっ!? ち、違うよ! そういうのじゃ無くて!」



 加山さんの言葉に、今度は私が動揺する。

 まさか、そんな事を言われるとは思ってもみなかった。



(恋……? ち、違う! 絶対そんなことは無い……、ハズ……)



 確かに私はあの日、塚本先輩に深く感謝したし、尊敬の念も抱いた。

 でも、それは決して恋愛感情ではないと思う。

 それに……



「ご、ごめん。なんか困らせちゃったみたい?」



「う、ううん、私の方こそ、変な感じになって、ごめんなさい……」



 また咄嗟に謝ってしまったが、減点チェックは無かった。

 私的にはアウトだったけど、流れ的には問題無かったから、セーフ扱いだったのかな?



「……まあ、違うならいいんだけど、悩みごとがあったら相談してね? 力になれるかはわからないけど、なるべく協力するからさ」



 加山さんは最後にそれだけ言って、席を立ってしまった。

 もうすぐ授業が始まる時間帯なので、トイレに行ったのかもしれない。

 でも私には、加山さんが何かを誤魔化すために席を立ったようにも思えた。

 それは、彼女が一瞬見せた、憂いのような表情のせいだ。



(……あの表情は、一体なんだったんだろう?)



 思えば、最近の加山さんは、少し様子が変だったような気がする。

 何となく私と距離を置くような、でも避けるような感じでは無く、恐る恐る伺うような、そんな雰囲気を彼女から感じたのだ。

 さっきの私のため息だって、普通にしていたら誰の気にも止まらないような小さいものだったハズなのに……



(…………っ!)



 ああ、そうか……

 もしかしたら、加山さんは気付いていたのかもしれない。

 私が、嫌がらせを受けていたことを……



 ズキリ



 先程までとは違う、鈍い痛みが胸を襲う。

 確証は無いのに、誰かに知られていると思うだけでこれだ。



(本当に、私は弱いな……)



 でも、嫌がらせは日に日にエスカレートしていたし、隣の席である加山さんがそれに気づく可能性は十分にあった。

 だとしたら、塚本先輩達に私の状況を伝えたのは、加山さん……?

 塚本先輩は、『後輩から悪い噂を聞いて』と言っていたし、その可能性は十分にあり得る。



(……もしそうなら、ちゃんとお礼を言わないと)



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