第58話 加山さん②



 昼休みになり、私は思い切って加山さんに声をかけてみる。



「あの……、加山さん」



「ん? 何?」



「えっと、昼休みなんだけど、ちょっとだけ、お話できないかな?」



「ご飯食べ終わったら、平気だけど……」



 普段加山さんは、何人かの友達と一緒に教室でお弁当を食べている。

 その後に時間を作ってくれるということになり、三十分後、図書室で落ち合うことになった。





 …………………………



 …………………



 …………





「たまちゃん、さっき加山さんと何か話していたみたいだけど、何かあったの?」



 お弁当を食べながら、柚葉ちゃんがさっきのことについて尋ねてくる。

 私達はいつもお外でお弁当を食べるのだけど、今日は加山さんと少し話をするため、皆には先に行ってもらっていた。

 しかし、その場面はしっかり見られていたようである。



「ううん、別に大したことは無いんだけど、あとでちょっと図書室を案内して貰おうと思って」



 あらかじめ用意しておいたこともあり、言い訳はスムーズにできた。

 加山さんは活発そうな性格をしているが、意外にも読書好きで図書委員を務めていたりするので、違和感はないだろう。



「ああ、加山さんて図書委員だもんね~」



「そういえばそうだっけ……。本、好きなのかな?」



「あ、うん。加山さん、結構色々本読んでいるらしくて、時々オススメの本を教えて貰ったりしてるの」



「へぇ~、そうなんだ。ていうか、たまちゃんの方が私達より加山さんのこと詳しくなってるよね」



「だね。付き合いは私達の方が長いのに」



 三人は初等部の頃も加山さんと同じクラスだったらしいので、私と比べれば付き合いは遥かに長い。

 でも、なんとなくだけど、加山さんとこの三人は少し距離があるようにも見える。

 ……そういえば、加山さんが初等部の頃ちょっとした事件があったって言ってたっけ。

 事件って、どんな事件なんだろ……



「あの……、加山さんに聞いたんだけど、初等部の頃に何か事件があったって……。どんな事件だったの?」



「「「……………」」」



 私がそう聞いた途端、三人は箸を止めて黙ってしまう。

 もしかして、私はマズいことを聞いてしまったのだろうか……



「あ、あの! 言いにくいことだったらいいの! 私もちょっと気になっただけだったから!」



 雰囲気からして、恐らく私は何か地雷を踏んでしまったのだろう。

 本当に、コミュニケーション能力が低く、空気の読めない自分を呪いたくなる。



「……加山さんからは、なんて聞いたの?」



 静流ちゃんが、少し緊張したような面持ちで尋ねてくる。



「えっと、聞いたっていうかね……、私ってすぐに謝っちゃう癖あるから、それでよく人をイライラさせちゃったりするでしょ?」



「ん~、イライラはしないけど、もっと遠慮しなくても良いよ! って感じはするかな」



 のどかちゃんはそう言ってくれるが、その言葉は多分オブラートに包んだ上での言葉だろう。



「何? 加山さんからそういうのやめなよとか言われたの?」



「ううん。加山さんは、みんなと同じように私の悪い癖を、ちゃんと理解してくれたの。だから、この学校の人は凄いな、大人だなって言ったのね。そしたら加山さんが、それは初等部時代に事件があって、そのせいじゃないかって」



「……成程ね」



 三人は複雑そうな顔をして目を逸らしてしまう。

 やはり事件と言うからには、あまり良い思い出ではないのだろう。



「まあ確かに、あれで私達は結構大人になったかもね~」



「……うん。ちょっと考え方とか意識とかが変わったのは、間違いないと思う」



 でも、そんな表情は一瞬の事で、三人はすぐに笑顔になる。

 その反応を見る限り、解決してないとか、尾を引くようなことにはなっていないようだ。



「っと、そういえば時間大丈夫?」



「あ……」



 時計を見ると、待ち合わせの時間まであと五分程になっていた。

 あまり時間も無いのに、こんな長引きそうな話は振るべきではなかった……



「ごめんなさい……。もう行かないと……」



「いいよいいよ。話の続きはまた今度ね」



「自分から質問したのに、本当にごめんね。……それじゃあ、行ってきます」



「うん。また後でね!」





 ◇





 みんなと別れ、私は少し早歩きで図書室へと向かう。

 まだ時間的には十分に間に合うハズだけど、図書室まではそれなりに距離があるので、念のためである。



(ここが、図書室か……)



 早歩きが幸いして、三分程で図書室前に到着した。

 実は図書室に来たのは初めてであり、少し入るのに緊張してしまう。



「待って、たまちゃん!」



 勇気を振り絞って入ろうとした瞬間、後ろから私に声がかかる。



「……え? 柚葉ちゃん? どうしたの?」



 声をかけて来たのは、先程別れたハズの柚葉ちゃんであった。



「あ、あの、私も、加山さんにお話が合って……」



 ああ、そういうことか……

 でも、これは少し困ったな……



「……たまちゃん、違ったらごめんね? これから加山さんに会うのって、もしかして木村さん達の件?」



「っ!?」



 木村さん達の件というのは、まず間違いなく嫌がらせの件についてだろう。

 じゃあ、柚葉ちゃんも、あのことを知っていたの……?


 ……いや、加山さんが知っているなら、柚葉ちゃんに伝わっている可能性は十分にあるか。

 でも、仮にそうだとして、何故今から加山さんと会うのが、そのことだと……?



「……やっぱり、そうなんだね」



「……どうして、わかったの?」



「さっき、教室を出る前に加山さんと話してたでしょ? その時のたまちゃんの表情が真剣だったから、もしかしたらと思って」



 ……そういえば、柚葉ちゃん達にはあの場面を見られていたのだった。

 確かに、私はそれなりに勇気を振り絞って声をかけたので、本を紹介して貰うような軽い雰囲気には見えなかったのかもしれない。



「…柚葉ちゃんも、知ってたんだね」



「うん……。加山さんから聞いて、ね……」



 やはり、加山さんは気付いていたんだ……

 それで、柚葉ちゃんに相談したのかもしれない。



「……私からもお礼を言いたいの。だから、一緒に行っちゃ駄目かな?」



 私の精神状態は、先程より大分暗いものになっている。

 でも、私には柚葉ちゃんの申し出を断ることなんて、できなかった。



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