第56話 屋上で告白される
俺の名前は
周囲には秘密だが、筋金入りのオタク野郎である。
……とは言っても、秘密だったのはつい先程までのことだが。
(ああ……、俺は何故あんなことを……)
正直な所、俺は先程の行動に対しては後悔しかなかった。
先輩のためにやったことだし後悔は無い! とでも言えば少しは男らしいのかもしれないが、俺は所詮パンピーなのである。
そんな大層な気持ちには、到底なれなかった。
(大体に、もっとやりようがあっただろう……)
例えば、わざわざ自分が庇うようなことはせず、しれっと「持ち物検査の回収品ですか?」とでも言っておけば良かったのだ。
この学校の風紀委員が持ち物検査をしてるかどうかは知らないが、先輩なら機転を利かして上手にまとめてくれただろう。
……まあ、今更そんなことを考えても意味は無いのだが。
(はぁ……、教室に戻りたくない……)
あんなことをしでかして、どんな顔をして教室に戻ればいいのだろうか。
あの瞬間はクラスメートどころか、他のクラスの生徒達にもしっかり見られていた。
まず間違いなく、噂はあちこちに伝播しているハズだ。
そう考えるだけで、ブルブルと震えがこみ上げてくる。
自分でも情けなくなるが、これは一種のトラウマなので止めようがない……
かつて俺は、中二病を
イジメというカテゴリーの中では比較的温い部類ではあるが、辛く苦い思い出であり、トラウマを持つ原因となった過去だ。
そんな過去を払拭すべく、新天地であるこの豊穣学園でバラ色の高校生活をエンジョイするつもりだったのだが……
(ヲタバレについて、と)
スマホを取り出し、情報サイトでヲタバレ経験者の書き込みを検索する。
その内容に目を通すと、やめときゃとかったと後悔するような内容ばかりが目に飛び込む。
ちょっと正義感を出した矢先に、自分が同じような状況に立たされては目も当てられない……
「はぁ……、死にたい……」
「駄目に決まってるでしょ? そんなの」
「っ!?」
俺の独り言に対し、不意を突くように言葉が返ってくる。
慌てて振り返ると、そこには少し息を切らせた藤原先輩が立っていた。
「サボりは良くないよ? 杉山君」
言われてハッとする。
確かに、時計を見ると一限目の開始時刻を五分程過ぎていた。
サボって学校に行かなかったことはいくらでもあるが、学校にいながら授業をサボったのは初めての経験であり、妙な焦りを覚えてしまう。
「そ、そういう先輩こそ、サボりじゃないですか」
「ええ、そうね。全く、こんなこと、生まれて初めての経験よ。どう責任を取ってくれるのかしら?」
責任と言われても困るが、先輩が言いたいことも理解できる。
まず間違いなく、先輩が今ここにいるのは、俺を探していたからだろうし……
「……すいません」
こういう時は、とりあえず謝っておくに限る。
……と、ネットに書いてあったので、その通りにしてみる。
別に逃げ出したこと自体に悪気は無かったし、むしろ俺の方が最悪の状況なのだが、ここは男の俺が折れておこうと思った。
「なんで謝るの?」
「……いえ、なんとなく」
そう言われても、俺にだってわからない。
結果として、俺の謝罪は完全に意味の無いモノと化してしまった。
やはり、ネットの記事を鵜呑みにするのは良くなかった。
「ふふ……、何よなんとなくって」
「それは……、俺のために、なんか悪かったなっていう後ろめたさがですね……」
「まあ、それもそうね。実際、結構探すの大変だったし」
そう言って先輩は、俺の隣に「よっこらせ」と座った。
非常に中年臭いと思ったが、当然口には出さない。
「さて、一応聞きたいんだけど、なんであんなことしたの?」
「……さぁ? 何でですかね」
「……責任」
え、責任取れって、そういうこと?
先輩の目は「私にここまでさせたんだからはっきりと言え」と訴えているようであった。
いや、本当のところはよくわからないけど、これまでの付き合いからなんとなくそう察することができたのだ。
「そ、そう言われても、本当にわからないんですよ……。ただ、咄嗟に体が動いたというか……」
実際、あの時は逡巡する間もほとんど無かった。
どうしよう? だとかを頭で考える前に、体が勝手に動いたのである。
「咄嗟に? 私を助けようと?」
「……多分」
「……ぷっ、多分って、何それ」
藤原先輩がクスクスと笑う。
しかし、俺にだってわからないのだから、そうとしか言いようが無い。
「でも、それって凄いよね」
「へ? 凄い?」
いきなり『凄い』などと言われて、思わず間抜けな声が出てしまう。
「凄くない? だって、何も考えずに私を助けようとしたってことでしょ?」
「それは……」
「……もしかしてだけど、私って愛されちゃってる?」
「なっ!?」
と、突然何を言い出すんだこの先輩は!?
完全に想定外の言葉であった。
動揺して言葉が詰まり、変な空気だけが喉から漏れる。
(一体どうしてそんなことになる!? い、いや、先輩を守ろうとしたのは確かだけど、それは咄嗟にやってしまったというだけで……。って、先輩何顔赤くしてんの!? 似合わねぇ! ……でも、ちょっと可愛いな…………、ってそうじゃねぇ!!!!!)
先輩は膝を抱え、腕で顔を半分隠しながら、上目遣いでこちらを見ている。
赤くなった顔を隠しているつもりなのかもしれないが、それがなんともあざとい。
だがしかし、その仕草、そして表情は、これまで見たことのないものであり、その、はっきり言って可愛かった……
「……私の勘違い?」
「わ、わかりません!」
はっきり言って、俺は藤原先輩に対し、恋愛感情は持っていない……、と思う。
そうでなければ、先輩の部屋に呼ばれたり、一緒にゲームなんかする時点でもっと舞い上がっていたハズだ。
好みに関してだって、俺はどちらかと言うとロリ属性だし、眼鏡っ娘好きでも無い。
……だと言うのに、なんなんだこの胸の高鳴りは!?
「……まあ、私の勘違いでもいいんだけどね」
「……へ? それはどういう……」
また間抜けな声が出てしまった。
先輩の言葉に、俺は完全に踊らされっぱなしである。
「私だから助けた、ってことならもっと嬉しいと思うよ? でも、そうじゃなくても凄いなって思った」
「凄い、ですか?」
さっきも聞いた『凄い』。
俺には何が『凄い』のだか、さっぱりわからない。
「だって、普通出来ないもの。咄嗟とはいえ、あんな大胆な行動」
「そ、それは、俺が単純というか、馬鹿というか……」
俺がもう少し機転の利く男であればもっと上手く対処しただろうし、冷静であればあんな自滅のような真似はしなかっただろう。
単純に自分が至らなかったからこそ、ああすることしかできなかったと言える。
「まあ、ちょっと不器用なやり方だったとは思うけどね。でも、あの行動が咄嗟に出たってことは、あれが杉山君の『素』の部分ってことでしょ?」
「…………」
それは、そうなのかもしれない。
ただ、それがどう『凄い』に繋がるのかはやはり理解できない。
自分が愚かであることを、はっきりと突きつけられたようにしか思えなかった。
「……私はその、君の『素』の部分……、不器用で純粋な、その部分に、ちょっとときめいちゃった」
「…………へ?」
またしても変な声が出てしまう。
絶賛混乱中の俺の頭は、その一言で完全に停止し、真っ白になる。
「私、杉山君のこと、好きになっちゃったみたい」
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