第55話 ヲタバレ
いつもより早く目が覚める。
こんな時間に目が覚めてしまったのは、やはりあの件が気になるからだろう。
(……杉山君達は、もう準備を始めている頃かしら?)
ちょっと早すぎる気もするけど、塚原君のことだから万全を期して早めに行動している可能性が高い。
しかし、私から見て杉山君は、決して早起きが得意そうに思えない。
流石に寝坊するとは思えないけど、少し心配である。
(……でも、今メッセージ送るのは流石に不味いわよね)
私がメッセージを送ったことで、彼らが潜んでいることがバレでもしたら中々に気まずい。
塚原君達が流石にそんな間抜けなことをするとは思えないけど、万が一ということもあり得る。
ここは一先ず我慢して、先に顔でも洗ってくるとしよう……
「あら? おはよう。今日は早いのね?」
「おはよう。なんか目が覚めちゃって」
途中、すれ違った母さんと軽く挨拶をして洗面所へ向かう。
洗面台の前に到着すると、私は慣れた手つきで眼鏡をはずし、冷水で豪快に顔を洗った。
少しオヤジ臭いかもしれないけど、こうすると幾分思考がクリアになる気がするのだ。
(う、美しい……ハッ!)
タオルで顔を拭っていると、鏡に映る姿がちょっと美人だったのでつい〇斗ネタを挟んでしまった。
普段眼鏡を付けた人が、眼鏡をはずして顔を拭いているというのは、中々に良シチュエーションである。
それが私のような美人であれば、思わずヲタネタを入れてみたくなるのも無理はないだろう。
ただ、一つ惜しむべき点は、私が男じゃないという点なのだけど……
(それにしても、改めて見ると眼鏡無しも中々新鮮で良いわね……)
私が眼鏡を付ける理由は、八割がたファッションである。
少しツリ目がちな私が、眼鏡を付けるとより知的に見えるというのが最大の理由であり、実際、視力自体はそこまで悪くは無かったりする。
ただ、ほとんど体の一部になってしまったので、それが弊害と言えば弊害かもしれない。
……しかし、これはこれで杉山君をからかうネタとしては面白そうだ。今度試してみよう。
そんなバカなことを考えつつ、私は食卓に着く。
今日は珍しく家族揃っての食事だけど、相変わらず父さんは口を開かず、黙々と食事をしている。
正直、中々に気まずい雰囲気だとは思う。
しかし、家族仲自体は悪く無いのだ。……ただ、口数が少ないだけで。
「お父さん、珍しく一緒に食事してるんだから、何か娘に一言無いの?」
「う、うむ……」
そんな中、母さんが父さんに話題を振り始める。
正直余計お世話なのだが、父さんの反応は鈍い。
父さんは別に寡黙というワケではなく単に口下手なだけなので、中々の無茶ぶりであった。
「あ~、
……父さんも父さんで、その振りはどうなのだろうか。
フワッとし過ぎていて、正直返答に困ってしまう。
「……普通よ。特に何も問題無いわ」
仕方ないので、素っ気なく返すことにした。
本当はもう少し気の利いた返答をしようと思ったけど、少々グダりそうな気配を感じたので、会話を終わらせる方向に切り替えたのである。
「そ、そうか。何かあったら、いつでも相談に乗るからな」
「ええ、ありがとう。そうする」
そして案の定、その後の会話は続かなかった。
父さんには申し訳ないけど、今日のは父さんが悪いので勘弁して欲しい。
食事を終え部屋に戻ると、私はダラダラと学校の準備を始める。
いつもより時間がある分、少し身だしなみに気合を入れようかなとも思ったが、それはそれで何か勘ぐられそうなのでやめた。
ただ、そうなると少し手持無沙汰になってしまうので、何か無いかと部屋をクルリと見渡す。
(…………お、これは懐かしいわね)
本棚の下の段をチェックしていると、懐かしいモノを発見した。
それは『戦乱TUBE』第一作目の同人誌であった。
私がコレを購入したのは中等部の頃であり、当時は相当な勇気を振り絞って買いに行った思い出がある。
(懐かしいわねぇ……)
パラパラの中身を見ると、年甲斐もなく哀愁を感じてしまった。
内容は少々稚拙なのだけど、独特の情熱みたいなものが感じられる良い同人誌であった。
(……そうだ! コレ、杉山君にプレゼントしよう! 何かお礼をしようと思っていたし丁度良いわ!)
杉山君は、興味はあるけど同人誌は持っていないと言っていた。
この機会に、こっちの世界に引き込むのもアリかもしれない。
◇
電車に揺られながら、私は少し後悔をしていた。
例の同人誌を、勢い余って持ってきてしまったのである。
冷静になってみると、ワザワザ学校に持っていく必要は無いし、ハッキリ言って愚かな行為だと言えた。
ゲームでもそうなのだけど、興が乗ると勢いで行動しがちなのは私の悪い癖だ……
(……まあ、袋には包んであるし、見られることは無いと思うけど)
しかしそれでも、リスクが高いことに変わりはない。
思わずため息をこぼしつつ、気を紛らせるためにスマホを取り出す。
(そういえば、もう時間的に撤収している頃だろうし、杉山君に連絡してみようかしら?)
私はアプリを起動し、『どうだった?』というメッセージを送る。
我ながら中々にフワッとした内容の質問である。
しかし、私の目的はここからのやり取りにあるため、これでいいのである。
通学中の暇な時間を、彼とのやり取りで潰させて貰おう。
そして待つ事一分程して、メッセージに既読がつく……、が、一向に返事が返ってこない。
(……既読スルーとは、中々やってくれるじゃない)
私は「既読スルーとかあり得ない」などという痛いことを言う女子では無いけど、今回の件については話が別だ。
そもそも今日だって、私も参加する気満々だったのに対し、彼らが全力で止めて来たからこそ参加しなかっただけなのである。
そんな私に対し、この仕打ちは少し酷いのではないだろうか?
(……こうなったら、直接杉山君のクラスに尋ねてやろうじゃない)
恐らく彼の性格であれば、私がそんなことをすれば非常に困った顔をするだろう。
私は風紀委員な上に、それなりに容姿にも自信がある。
その私がワザワザ彼を訪ねてきたとなれば、クラスの噂になることは間違いない。
(ふふ……、なんだか楽しみになってきた……)
………………………………
………………………
……………
という事で、私は到着して早々、一年生のクラスがある二階へとやって来ていた。
この時間になると登校している生徒も多く、廊下や教室は生徒たちの会話で賑わっている。
そんな中、それなりに有名人である私が歩いているのだから、流石に注目を浴びることになった。
(自分でやろうと思ったこととはいえ、流石に少し居心地悪いかも……)
それもこれも、全て杉山君が悪い! ということにしておこう。
私は少し足を速めて杉山君の教室へ向かうことにする。
(あ、いた)
もしかしたら教室にいあない可能性もあると思ったけど、彼はちゃんと教室にいた。
しかも、クラスメートと何やら楽しそうにお喋りしているではないか……
なんだかそれが、無性に腹立たしく思えてくる。
「おーい、杉山くーん!」
私は衝動的に杉山君に向かって声をかける。
それなりに声を張ったので、すぐに気づいたようだ。
(ふふ……、慌ててる慌ててる)
談笑していたクラスメートも、こちらを見て色々と杉山君に何か問いただし始めた。
中々良い反応をしてくれているが、私の目的は杉山君を呼び出すことなので、ダメ押しさせてもらおう。
「おーい!」
再度私が声をかけると、杉山君はクラスメート達に後押しされてこちらに向かって来る。
「な、なんですか、先輩」
「なんですかって、わかっているでしょう? なんで返事をくれないの?」
「そ、それは、返そうと思った所に、アイツらが声をかけてきてですね……」
なんだ、そういうことか……
俗に言う、良くあるパターンというヤツである。
アレコレ色々と理由を考えたけど、どうやら無駄な思考だったようだ。
「そういうことね。でも、私だって一枚噛んでるんだし、結果報告はちゃんとして欲しかったなぁ……」
なんとなく溜飲が下がったので、今度は杉山君をイジル方向にシフトする。
「それは、すいません……。あとで報告するんで、それでいいですか?」
「ええ、大丈夫よ。私もあとで渡したい物あるし、昼休みにでも落ち合いましょうか」
「……渡したい物、ですか?」
「ええ、今鞄の中に……っ!?」
そこで私は調子に乗って、こっそりと中身の品を見せようとしてしまう。
思えば馬鹿な行動であったが、この時の私は興奮気味であり、完全に油断していたのであった……
廊下という人通りの多い場所では、よそ見をしていると人にぶつかることもある。
これも、そんな学園生活の中のワンシーンに過ぎないものだ。
ただ、私は少し運が悪かった。
「すみません! ……って、え……?」
開かれた鞄から飛び出した、『戦国TUBE』の同人誌。
念の為にと入れた紙の袋は、落ちた衝撃で破れ、中身が飛び出してしまっていた。
その音に注目が集まり、次の瞬間静まり返る廊下。
(ああ、終わった……)
長い人生、いつかはヲタバレすることもあるとは思っていた。
しかし、まさかこんな最悪のタイミングになるとは思ってもみなかった。
今の私は、どんな顔をしているだろう?
幸い、鞄を開けようと俯いたままの姿勢だったので誰にも見られてはいないと思うけど、さぞ青い顔をしているのだろうな……
しかし、このまま固まっているワケにもいかない。
私は短い逡巡の後、意を決して顔を上げようとする。
「か、返せっ!」
その瞬間、杉山君が思いもよらない行動に出る。
落ちた同人誌を素早く回収し、そのまま廊下を走り去ってしまったのだ。
一瞬、「一体何を?」と思ったが、すぐに彼の行動の意図に思い至る。
(まさか、私を庇って……?)
気付いた瞬間、私の胸に酷い痛みが走った。
その様子に気づいた周囲の生徒が、私を気遣って色々と言葉をかけてくる。
「大丈夫ですか?」「保健室に行きますか?」それに、「大変でしたね」と。
どうやら彼らの目には、私が風紀委員として、杉山君の所持品を取り上げたのだと映ったらしい。
そう、彼の思惑通りに……
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