第53話 教室で現場を押さえる③



『決まってるだろ? ……脅しだよ』



 俺はその映像を見ながら、眉間に指を当てた。



(塚本……、それじゃあコッチが悪者みたいだろ……)



 確かにやってることは脅しと言えなくも無いが、これはあくまで悪事を諫めるための行為なのである。

 言葉で与える印象は大きい故に、もう少し言い方を考えて欲しかった。



「脅しとか言っちゃてるけど、大丈夫なのか?」



「……良くはないが、任せろと言ってたし、見守るとしようか」



 俺がそう言うと、杉山は複雑そうなな表情をしつつも再び映像の視聴を再開する。


 ……俺達は現在、別教室にて監視カメラの映像を視聴中である。

 不測の事態への対処と、塚本へのフォローのためである。

 塚本は任せろと言っていたが、この手の案件に不測の事態はつきものだ。

 有無を言わさず逃げ出す輩もいなくはないため、そうなる前にタイミングよく予備戦力の投入を行うつもりであった。



『言ってることがわかりません。それだけなら、私達は行かせて貰います』



 っと、そんなことを考えていると、早速逃げ出そうとし始めた。

 慣れているというか、中々に頭の回転が速いな……



「伊藤、出番だ。行ってくれ」



「……ああ」



 伊藤は軽く頷いて、隣の教室へと素早く向かう。

 映像には、完璧なタイミングで教室に入る伊藤の姿が映し出されていた。

 木村という少女は中々に機転が利くようだが、伊藤を前にしては流石に怯んだようである。



「……あの強面相手じゃ、流石に怯むよな」



「ああ。伊藤としては不本意だろうが、こういったことに関しては間違いなく適役だよ」



 伊藤の強面は、暴力などを用いず事態を治めることに関しては非常に有効である。

 長い付き合いで、俺はそれに何度も助けられてきた。

 今回の件だって、詳しい事情も聞かずに伊藤は快諾してくれたし、本当に頼もしい男である。



「……結構謎なんだが、お前達って一体どういう関係なんだ?」



「どういう関係と言われても、友達としか言いようがないが……」



「いや、そうだろうけど、なんか性格とかバラバラだろ? それで良くそんな関係が続くなと……」



 ……確かに、周りから見ればそう見えるかもしれないな。

 塚本は結構チャラい所があるし、伊藤は見た目や態度から不良にしか見えない。

 それに比べて俺は普通の学生だし、二人とはあまり接点がないようにも見えるだろう。

 しかし、二人とも共通して根は良い奴だし、結構俗っぽい所もあるので意外にも気は合うのだ。

 そうでなければ、こんなにも関係が長続きはしなかったハズだ。



「そうでもないよ。俺達って意外と好みも近いし、結構気が合うんだぜ?」



「へぇ……、意外だな。全然そうは見えない」



「まあ、そうだろうな。……それより、意外と言えば杉山の方が意外だったよ。正直、ここまで協力してくれるとは思わなかった」



 そう、今回の監視や画像の編集などは、全て杉山自らが名乗り出てくれたことなのである。

 正直カメラの提供だけでも十分に感謝していたのだが、ここまで色々協力してくれるとは思っていなかった。



「それは……」



 杉山は何かを言おうとして、言葉を濁す。

 何か言いにくい内容なのかもしれない。



「いや、別に理由が知りたいワケじゃないよ。ただ、凄く助かったからな。感謝してるよ」



「っ……」



 杉山は一瞬怯んだような表情になり、顔を逸らしてしまう。

 一瞬の沈黙……、そのお陰かもしれないが、俺は廊下から僅かに人の気配を感じ取る。



(登校してきた生徒か? 不味いな……、もし同じクラスの生徒なら面倒なことになる……)



 そうなっては遅いため、俺は廊下に出て気配の出処を確認する。

 すると、アチラも俺の姿に気づいたのか、振り返って驚いた表情を見せる。



「君は……」



「あ、あの……」



「しっ」



 声を上げようとした少女、麻生さんに対し、俺は人差し指を唇に当てて沈黙を促す。

 幸い、麻生さんは素直に従ってくれたため、塚本達が気付いている様子は無かった。

 一先ず、俺は麻生さんが元々潜んでいたと思われる教室に戻るように指示した。



「……さて、どうして麻生さんが?」



「それは、その、先輩達こそ……」



「俺達は……、ってその様子だと、どうやら俺達と目的は同じって所かな?」



 彼女は、俺達が来る前からこの教室に潜んでいたようだ。

 何のためにそんな事をしたのか?

 その理由は考えるまでもないだろう。



「それって、やっぱり先輩達は、木村さん達のことで……?」



「ああ。君に対する嫌がらせを止めるよう、説得しようとね」



 実際は説得なんて手緩いやり方ではないが、それを麻生さんに伝える必要は無い。



「でも……、なんで先輩達が?」



「それは……、塚本の奴が君のことを心配していたからだよ。アイツ、以前彼女達と何かあったんだろ?」



「は、はい……。でも、やっぱり、なんででしょうか?」



 麻生さんは、本当にわからないといった表情で顔を俯かせる。

 彼女にとっては、俺達の行動が余程不可解なのだろう。



「……別に、深い理由なんて無いと思うよ? 塚本は多分、純粋に君のことを助けたかったんじゃないかな」



 あと、ムカつくからとも言っていたけど、これは言わないでいいだろう。



「私を、助けたい……?」



「ああ。多分だけど、以前のことでアイツの中にモヤモヤとした気持ちが残ってたんじゃないかな」



 その気持ちを再点火させたのは、あの保健室での一件だ。

 あれが無ければ、恐らくアイツはここまでこの件に関わろうとはしなかったハズだ。

 ……もっとも、俺は朝霧さん経由で結局関わることになっていただろうけど。



「…………」



「まあ、これはあくまで俺の予想ってだけだから、気になるなら直接本人に聞けばいいさ。でも、とりあえず今は、アイツに任せてくれないかな?」



 ……折角珍しくアイツがやる気を見せているんだ。

 この件は、アイツが最後まで面倒を見る方が良いだろう。



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