第51話 教室で現場を押さえる①



(……胃が痛い。でも……、頑張らないと……)



 月曜日――、私はいつもより早く学校に来ていた。

 理由は……、彼女達に嫌がらせを止めて貰うようお願いするためだ。

 自分なりに考え、もうこれしか方法が無いと考えたのである。


 正直な所、嫌がらせに関してはまだそこまで過激なものにはなっていない。

 以前私が受けていたイジメに比べれば、今受けている嫌がらせなど可愛いと言えるレベルであった。

 しかし、それよりも深刻だったのは私の体調である。

 私の体――、精神は、以前受けたイジメのトラウマから、人の声や行動に過剰なくらい反応するようになってしまっていた。

 人の悪口や、少しでも自分の名前が聞こえるだけで、自分が何か言われているかもしれないという恐怖に駆られてしまうのだ。

 結果として、気分や体調が悪くなったり、少し鬱気味な症状が現れたりすることもあるのである。

 そんな状態の私が嫌がらせなんかを受ければ、症状が悪化しないワケがなかった。


 毎日のように体調は崩すし、食欲も無いせいで、体力はどんどん減っていく。

 最近では、教室にいるより保健室にいることの方が多いくらいで、学校生活にも支障をきたしていた。

 こんなことでは、柚葉ちゃん達に心配するなと言う方が無理な話だろう。


 そうでなくとも、このままの状態ではいずれ私も限界がくる。

 健康に関してももちろんだが、最悪の場合、嫌がらせの件を親や柚葉ちゃん達に知られてしまう可能性がある。

 そうなれば、今のように普通に学校に通うことは難しくなるだろう。



(それだけは、嫌……)



 私の中で、柚葉ちゃん達との時間は、かけがえのないものとなっている。

 隣の席の加山さんとの会話だって、毎日の楽しみの一つになっていた。

 それらの時間を失うのだけは、絶対に嫌だった。

 だから――、私は、彼女達に立ち向かおうと決めたのである。





 ◇





 私は人目を気にしながら、隣の教室に隠れ潜む。

 こんなことをするのは、嫌がらせの現場を押さえるためであった。

 これで現場を押さえられる確証は無いが、根拠はある。

 何故ならば、嫌がらせはいつも、私が学校に来る前にしかけられていたからだ。


 体育委員であり女子バスケットボール部員でもある木村 志穂きむら しほさん達は、月水金は朝練に参加しているらしい。

 これは、嫌がらせが行われていた日にちとも一致していた。

 もし彼女達が嫌がらせの犯人なのであれば、彼女達より早く学校に来て待ち伏せれば、現場を押さえられるという寸法である。



 それからニ十分くらいした頃、ドアの隙間から木村さん達がやってくるのを確認できた。

 今のところ他の生徒は来ていないし、やっぱりという気持ちがこみ上げてくる。

 胃がチクチクと痛んだけど、私はそれを抑えるように手を当て、出ていくタイミングを見計らった。

 ……しかし、想定外の人物の登場により、私はそのタイミングを逸することになる。



(っ!? 塚本、先輩……?)



 木村さん達がドアの前を通り過ぎた後、少し間を置いてもう一人の人物がドアの前を通り過ぎる。

 それは、以前木村さん達に注意をしてくれた、塚本先輩であった。



(なんで、先輩がここに……?)



 ここは中等部の棟であり、普通であれば先輩が立ち寄るような場所ではない。

 偶然立ち寄った、なんてこともまずないと思える。



(……っ!?)



 その瞬間、嫌な想像が頭をよぎる。

 それは塚本先輩が、木村さん達とグルであるということ。



(あの体育倉庫での件も含めて、全てが……、って、いやいや、考え過ぎだ……)



 いくらなんでも、考えが飛躍し過ぎだ。

 たかだか私如きへの嫌がらせのために、そんな陰謀的なやり口をするハズがない。

 アリバイ作りのためという線はあるかもしれないが、失礼ながら塚本先輩はそれ程賢そうに見えない。

 しかし、そうなるとやはり目的が見えなくなってくる……

 塚本先輩は、一体何をしにここへ……?



「よう、お嬢さん方、今日も陰気に嫌がらせでもするつもりかな?」



 目的を忘れて悩んでいると、そんな声が隣の教室から聞こえてきた。



(っ!?)



 芝居がかった台詞だが、その内容は木村さん達の行為を以前から知っているかのようであった。

 私の頭の中は、増々混乱で埋め尽くされていく。



「な、なんのことですか!? っていうか、先輩がなんで中等部の教室に?」



「そりゃもちろん、君らの行為を止めるためにさ」



 その言葉に、声は聞こえないが息を呑むような気配が伝わってくる。

 恐らく木村さん達は、今の私と同じような反応をしたに違いない。



「こ、行為って、何の話ですか?」



「いやいや、とぼけても無駄だってわからない? 俺がここに来た時点で、ネタは上がってるって想像つくだろ」



「「「っ!」」」



「……まあ、いいや。別に悔い改めさせるために来たワケじゃないしな」



「……だ、だったら、何のために来たんですか?」



「決まってるだろ? ……脅しだよ」



 ピシャリ


 その言葉の直後、教室の扉が閉められる音が聞こえる。

 残念ながら、ここからそれ以後の会話の内容を拾うことはできなかった。



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