第46話 視聴覚室で相談③



 俺の名前は杉山 孝弘すぎやま たかひろ

 周囲には秘密だが、筋金入りのオタク野郎である。


 俺は現在、中々に奇妙な状況に置かれている。

 というのも、美人の先輩と毎晩のように共同プレイに勤しんでいるのだ。

 無論だが、プレイというのはゲームのことである。


 『戦乱TUBE 5』を購入してからもう一か月以上経つが、俺達は飽く事なくプレイを続けていた。

 正直な所、俺は最初の頃、先輩のことを疑っていた。

 当然だろう? だって彼女は、とびきりの美人だったなのだから……

 しかも成績はかなり優秀らしく、運動神経も悪く無いそうだ。

 オマケに風紀委員であり、品行方正で教師からも目をかけられているとか……

 はっきり言って、俺とは正反対なレベルで高スペックな人なのである。


 それが、俺のような凡人とゲームに興じるとか……、まるでギャルゲーのようでは無いか。

 俺レベルのオタクともなると、これが如何に現実離れした状況かくらい、よーーーく理解できている。

 だからこそ、何かの策略なのではないかと疑っていたし、いつ裏切られても良いように心の準備をしていたつもりだ。

 ……しかし、この一ヶ月の間、彼女はそういった素振りを一切見せなかった。

 それだけで疑いを解くなんてことは正直出来ないが、一つだけ、間違いないと信じられることはあった。

 それは、彼女が『戦乱TUBE』を本気で愛しているということだ。


 今となっては恥ずべきことだが、俺は彼女が『戦乱TUBE』シリーズが好きだということも疑っていた。

 いや、疑っていたというよりは、侮っていたと言う方が正しいかもしれない。

 俺は信者とも言える程の『戦乱TUBE』ファンだったし、彼女のことは所詮『にわか』に過ぎないという認識だったのだ。


 これはかなりの偏見かもしれないが、俺は女子ゲーマーの多くは『にわか』だと思っている。

 その認識は今も変わらないが、少なくとも彼女のような『本物』が存在しているということは理解したつもりだ。

 だから俺は、彼女……、藤原 茉莉花ふじわら まりかを、正真正銘の同類なかまだと認めたのである。


 ……しかし、しかしだ!

 やはりどう考えても、この状況は出来過ぎというか、美味しすぎでは無いだろうか!?

 だって俺だぞ!? 特になんの取柄もないような俺なんだぞ!?

 それがこんなギャルゲーのような状況になるなど、誰が想像するというのだ!?



「っ!? ど、どうしたんだ? 杉山?」



 し、しまった……、つい顔に出てしまったか……



「い、いや、少し腹の調子が、な……」



「おいおい、我慢しないでトイレ行って来いよ!? 漏らされたら堪ったもんじゃないぞ!?」



「あ、ああ、そのつもりだよ……。ちょっと行ってくる」



 危なかった……、危うく俺のパンピーの仮面が剥がれるところだった……

 そんなことになるくらいであれば、学校で平気でウンコする奴と思われた方が幾分マシだ。

 むしろ、これで何食わぬ顔でウンコに行けるようになったと思うことにしよう……







「っ!? おーい! 待ってくれ!」



 教室を出てトイレに向かう途中、後ろから声がかかる。

 最初は自分に向けられたものだとは思わなかったが、肩に手がかかったのでビクリとしてしまう。



(お、俺のことを呼び止める、だと……? 一体、何故……?)



 恐る恐る振り返ると、俺を呼び止めたのは、以前俺を助けてくれた男、塚原 朔つかはら はじめであった。



「杉山、だよな?」



「あ、ああ…」



 名乗った覚えは無いのだが、もしかしてワザワザ調べたのだろうか?



「実はちょっと聞きたいことがあってさ、杉山のクラスに行ったんだけど、丁度いなくて……」



「ああ、今からトイレに行こうと……」



「っと、そりゃ悪かった。先にソッチを済ませてくれ」



 ……と言っても、別に便意どころか尿意も無いのだがな。



「……いや、引っ込んだので良いよ。それより、何の用だ?」



「いいのか? ……じゃあ、ちょっと内容が内容なので場所を移そうか」





 ◇





 そう言って連れてこられたのが、この視聴覚室である。

 普段は施錠されているハズなのに、何故この男はすんなりと入れたのであろうか?



「タイミング悪く声かけて、悪かったな」



「……いや、問題無い。それより、こんな場所使って大丈夫なのか?」



「ああ、許可は取ってるから大丈夫だよ」



 ……許可は取っている?

 そんな簡単に許可って取れるものなのだろうか……



「さて、時間も無いので早速相談なんだが、杉山ってネットとか電子機器について詳しいんだよな?」



「……? まあ、人並み程度には」



 質問の意図がわからないぞ……?

 いや、そもそも、何故俺がネットや電子機器について詳しいなんて情報が……

 っ!? ま、まさか、塚原は俺がオタクだと気づいている!?



「な、なんで、俺がその、ネットとかに詳しいと……?」



「ああ、それは―――」



「私が紹介したからよ」



 塚原が何かを言いかけた瞬間、それを遮るように声が割り込んでくる。

 それはここ最近、俺が最も会話をしているであろう人、藤原先輩の声であった。



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