第45話 ファーストフード店にて相談の続き①



 結局の所、俺達はあの場の空気に耐えられず、視聴覚室を後にすることにした。

 実際、防音の効いた個室に男女が二人でいるというのは、対外的にも良くないだろうからな……

 俺達は二人とも風紀員ではないのだからなおさらのことである。

 ……そんなこんなで、俺達は相談場所を駅前の『マック』へと移していた。



「……成程、ね」



 俺は朝霧さん話を聞き終え、自分の情報と合わせながら考えを巡らせる。

 状況としては概ね想定した通りであったが、あまり悠長に対策を練る余裕もなさそうであった。



(多分だけど、麻生さんという子は本当に良い子なのだろうな……)



 しかし、残念ながら今回の件はそれが仇となってしまっている。

 恐らくだが、友達である朝霧さん達に迷惑をかけたくないとか、そんな思いで今の状況を隠しているのだろう。



「……どうして、たまちゃんは私達に相談してくれなかったのでしょうか」



 朝霧さんは、喋り終えて乾いた口を潤すように、控えめな感じでストロー吸う。

 どうやら炭酸が少し苦手であるらしく、その量は余り減っているように見えない。



(……無理しないで別のを頼めば良かったのに)



 彼女は俺がコーラを選ぶと、頑なに自分も同じものをと譲らなかった。

 普段大人びている彼女が、そんな所は歳相応に見えて少し微笑ましく思えた。



「……じゃあ、もし朝霧さんが同じ立場だったとしたら、どうしていた?」



「それは……」



 俺にそう言われて、朝霧さんは言葉を詰まらせて俯いてしまう。

 そこまで困らせる気はなかったのだが、彼女は俺の言葉を思いのほか真剣に捉えてしまったらしい。



「……ごめん、そんな風に困らせるつもりじゃなかったんだ。ただ、朝霧さんなら、麻生さんの気持ちもわかるんじゃと思ってね」



「……いえ。私の方こそ、あまり考えずに疑問を口に出してしまいました。……確かに私も、皆に迷惑をかけたくないと、考えると思います」



 そんなに長い付き合いでは無いが、朝霧さんが友達思いの優しい子だということくらいは承知している。

 だからこそ、彼女なら麻生さんの思いを理解出来ると思ったのだ。



「……でも、気持ちはわかりますが、それでもやっぱり、私だったら皆に相談したと思います」



 それは少し意外だった。

 彼女の性格なら、自分だけで解決しようとすると思ったのだが……



「ふふ……、意外ですよね? でも、そう思うようになったのは、先輩のお陰なんですよ?」



「……前にも言ったと思うけど、正直その件については全く思い出せないんだ。できれば、その時の状況を教えてくれないか?」



「それは……、まだ・・教えません」



 ……これなのである。

 朝霧さんが言うには、彼女は過去、俺に救われたのだという。

 しかし俺はこれまで、大きなことから小さなことまで、あらゆる面倒ごとに首を突っ込んできたせいで、どの件がそれに該当するのか判別できない。

 なので彼女自身にそれを尋ねてみたのだが、今のようにはぐらかされてしまうのである。



「それで先輩、私は一体どうしたら良いでしょうか?」



 この話はこれでお終いとでも言うように、話題が転換される。

 まあ、元々は脱線した上での話だったので、ただ本筋に戻っただけか……



「……何もしないのが、麻生さんにとっては一番だろうね」



「そんな!?」



「いや、勘違いしないで欲しい。あくまで朝霧さん達は気付いていないフリをした方が良いってことだよ」



 麻生さんは、朝霧さん達に迷惑をかけたくないと思っている。

 これは間違いないだろうけど、恐らくはそれだけじゃない。

 彼女は、そもそも知られること自体を恐れているのだと思う。


 俺は以前にも何件かイジメの相談に乗ったことがあるが、そのうちの数人が、「自分がイジメられていることを知られたくない」と言ってきたのだ。

 人によりその理由は様々だったが、家族や友達にいじめられっ子だと思われたくない、というのが大半だった。

 麻生さんが必ずしも同じ思いを持っているとは言えないが、可能性は十分にあるだろう。



「朝霧さん達は、その加山さんって子に相談されるまで、麻生さんの状況に気づかなかったんだろう?」



「……はい」



「それはつまり、朝霧さん達だけには、絶対に悟られまいとしていたってことだろう」



「……私達が気づいたと知れば、たまちゃんが傷ついてしまうってこと、ですか?」



 朝霧さんは頭の回転が速い、というよりも思慮深い。

 とてもだが、ついこの間まで初等部の生徒だったとは思えないな……



「実際に麻生さんがどう思うかはわからないけど、あまり気分の良いものではないと思うよ」



「……そうかもしれませんね」



「なので朝霧さん達は、これまで通り普通に麻生さんと接してくれた方が良い。直接的な対処については、俺達がやろうと思う」



「でも……! 私だって……」



 朝霧さんの気持ちは良くわかる。

 自分の友達が苦しい思いをしているのに、何もできないというのは、さぞ歯がゆい気持ちだろう。



「……ただ、俺達だけだと手を出しにくいこともある。だから朝霧さん達にも、少しだけ協力をお願いしようかと思うけど、いいかな?」



「っ!? は、はい!」



 今回の件、俺はあくまで相談に乗ったに過ぎない部外者だ。

 手助けはするもちろんするつもりだが、これは彼女達と、首を突っ込んだ張本人である塚本が解決すべき案件だろう。



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