第28話 モヤモヤ



「おはよー! 柚葉!」



「おはよう、静流ちゃん」



 教室に入ると、待っていましたとばかりに静流ちゃんが駆け寄ってくる。

 本当に、いつも元気な子だなと思う。



「ねぇねぇ、どうだったの? 今日、先輩のこと待ってたんでしょ? ちゃんと一緒に登校できた?」



「……うん。でも、前島先輩には先を越されちゃってた」



「前島先輩って……、なんで!?」



「静流ちゃんには話したでしょ? 塚原先輩は、前島先輩と仲良くなろうとしてるらしいから……」



 ……でも、私から見れば、既に二人は仲が良いように見える。

 塚原先輩は他人以下だなんて言っていたけど、あれは多分嘘だろう。

 だって、あんなに仲良さそうに会話している二人が他人以下だとは、到底思えない。

 きっと、塚原先輩は照れ隠しであんなことを言ったのだと思う。



(……っ)



 そんなことを考えると、胸がチクリと痛んだ。

 本当に胸って痛むんだなぁと思い、私はつい苦笑いを浮かべてしまった。

 それを敏感に感じ取った静流ちゃんの表情が、段々と険しくなっていく。



「仲良くなろうって、そんなのやっぱりおかしいよ!? だって、前島先輩はお兄ちゃんの彼女なんだよ!? 普通、一緒に登校するならお兄ちゃんとでしょ!?」



 私もそうは思うのだけど、二人には何やら事情があるようであった。

 詳細はわからないけど、話の内容から察するに二人の行動には静流ちゃんのお兄さんの思惑も絡んでいるようだ。



「先輩たちが一緒に行動するように言ったのは、静流ちゃんのお兄さんみたいだよ? 理由はわからないけどね……」



 理由はわからないと言ったけど、一応説明自体は受けていた。

 ただ、なんでそれが塚原先輩でなくてはいけないのかがわからない。

 その辺の事情についても詳しく聞いてみたいところであった。



(……本当なら、それを今日聞けたらと思っていたんだけど)



 今日私は、豊穣学園の最寄り駅である竜川駅で、塚原先輩のことを待ち伏せしていた。

 待ち伏せと言うと少し物騒な感じだけど、一応偶然は装ったので怖がられたりはしていない……、と思う。

 正直、自分でも随分と大胆な行動だとは思ったのだけど、私から塚原先輩にコンタクトを取る手段は限られている。

 こうでもしなければ、中等部の私では話す機会すら中々得られないのだ。



「……そんなの、納得できないよ! 私、お兄ちゃんに直接聞いてくる!」



「し、静流ちゃん!?」



 言うと同時に、ドアの方へ走っていく静流ちゃん。

 まさか、今から直談判でもしに行くつもりなのだろうか……



「静流ちゃん、待って!」



 私は慌てて止めようとするも、静香ちゃんは何も聞こえていないかのように教室を出て行こうとする。

 しかし、



「痛っ! って、しずるん!? どしたのそんな急いで?」



 教室を出ようとした直後、静流ちゃんはタイミング悪く登校してきた生徒にぶつかってしまう。

 ぶつかられた生徒――のどかちゃんは、ワケがわからないといった様子で鼻を押さえて涙目を浮かべていた。





 …………………………



 …………………



 …………





「……成程ねぇ~」



「ちょっと! 何よそのどうでも良さそうな顔は!」



「いや、むしろなんでしずるんがそんな怒ってるワケ?」



 のどかちゃんは、静流ちゃんが激昂している理由が本当に理解できないといった様子だった。

 いつもなら事情を知らずとも一緒になって騒ぐのに、珍しい反応なである。



「怒るに決まってるでしょ! だって、前島先輩はお兄ちゃんの彼女なんだよ!? それを自分から塚原先輩に押し付けるだなんて、絶対おかしいって!」



「そりゃ普通に見たらおかしいとは思うけどさ、事情があるんでしょ?」



 確かに、事情はあるのだけど、静流ちゃんの心情も察せなくはない。

 もし自分に兄がいて、その兄が恋人に対して不義理というか、ないがしろにするような行為をしている可能性があるのであれば、私だって憤慨を感じるだろう。



「事情があっても、やっぱりおかしいでしょ!? のどかだって、自分のお兄ちゃんがそんなことしてたら嫌でしょ!?」



「……ん~、まあ、ウチの場合はあり得ないからなぁ」



 のどかちゃんは少し考えた後、無い無いといった仕草でそれを否定する。



「まあ、落ち着きなってしずるん! そりゃはたから見たら確かにアレだけどさ? 塚原先輩が認めているんだから、ちゃんとした理由があるってことでしょ?」



「っ!?」



 そう言われ、静流ちゃんは反論できずに言葉を詰まらせる。



「どんな事情があるにせよ、間違っていると思えば相手が大人だろうが先輩だろうが意見する! それが塚原先輩でしょ。私達が一番理解していることじゃない?」



 ……のどかちゃんの言う通りである。


 塚原先輩と前島先輩は、友好関係を深めるよう坂本先輩から指示を受けていると言っていた。

 何故そんな指示を受けたのかはわからないし、坂本先輩にどんな思惑があるかも想像できない。

 でも、どんな事情があろうとも、塚原先輩であれば必ず良い方向に持っていけると信じることができる。



「……ありがとう、のどかちゃん」



「へっ!? 私、お礼言われるようなこと言ってないと思うけど……」



「ううん。おかげで、変なモヤモヤが取れたから」



「そ、そう。それならいいんだけど……」



 やっぱり事情は気になるけど、先程までの暗い気持ちは全くなくなっていた。

 たったこれだけのことで晴れやかな気分になれるのだから、私って結構単純なのかもしれない。



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