第20話 伊藤家の食卓 その①



 私のお兄ちゃんは、はっきり言って超変わり者だ。

 少なくとも私は、お兄ちゃん以上の変わり者を見たことがない。

 私とは似ても似つかないし、正直、本当に血が繋がっているのか疑ったこともある。というか今も疑っている。

 しかし、家系図なんかあるワケが無いし、今の今まで確認はできないでいた。



「……やっぱ無いよね」



 それでも、何か手掛かりは無いかと時々家探しをするのだが、残念ながら今日も収穫は無かった。

 まあ、最初から期待はしていなかったけど……



「っと、そろそろ片付けておかないと」



 時間的にはそろそろ19時を回ろうとしている所だ。

 あと20分程で、お兄ちゃんが帰ってきてしまう……


 そんなに散らかしたワケでは無いので片付け自体はすぐ終わるが、部屋から出る所を見られでもすれば面倒なことになるのは間違いない。

 お兄ちゃんは変人だが、馬鹿では無いし勘も鋭いからだ。


 私は手早く片付けを終えると、部屋を出てリビングのテレビをつける。

 そしてソファーに寝そべり、だらしない格好でテレビを眺める。

 いつもの私のスタイルである。



「ただいま」



「おかえり~」



 私は無関心を装って、適当に手を振って応える。



「少し待っていろ。今飯の用意をする」



「はいはーい」



 普段と変わらぬやり取り。

 これこそが、私とお兄ちゃんの現在の距離感である。

 昔はもう少し家族らしい距離感だったと思うが、今は他人とそう変わらない距離感を保っていると思う。

 これは私の本意では無いのだが、どうにも反抗的な態度を取ってしまうため、こんな状況になってしまったのだ。

 学校で習ったが、多分反抗期というヤツなんだと思う。

 まあ、それがわかったからといって、直せるものではないのだけど……



「今日の弁当は期待していいぞ。少し遠出をして評判の弁当を買ってきた」



「……なんで? 今日って何かあったっけ?」



「あった。俺は今日、豊穣の女神と出会ったのだ」



 ああ……、なんとなく予想していたけど、やはりこうなったか……

 柚葉の話を聞いたとき、嫌な予感がしたのだ。

 実害はないから文句はないけど、少しイライラが募る。



「女神って、柚葉のことでしょ? 柚葉から聞いたよ。すっごい怖い顔した先輩に弁当とられたって」



「む、なんだ、のどかの友達だったのか……って待て! 俺は断じて弁当を奪ったりしていないぞ! ちゃんと誠心誠意お願いしてだなぁ……」



「お兄ちゃんの怖い顔でお願いとか、脅しと変わらないから」



「むぅ……」



 押し黙るのは、自覚があるからだろう。

 もちろん、私はお兄ちゃんが柚葉を脅したなんて思っていないし、柚葉からも大体の事情は聞いている。

 こんな言い方をしてしまうのは、単に私がお兄ちゃんを困らせたいからだけだ。



「ま、別にいいけどね。私は美味しいご飯食べられるなら文句はないよ。でも、お兄ちゃんの場合、考えなしに人に何か頼むと、下手すると捕まるからね? それだけは勘弁して」



「……わかった。注意しよう」



 素直に私の忠告を聞き入れるお兄ちゃん。

 普通、妹にこんな言われ方をすれば、反論するなり怒るなりすると思うのだけど、お兄ちゃんは私の話は素直に聞くのだ。

 昔はそれが凄く嬉しかったのだけど、最近はそれにすら不満を感じるようになっている。

 自分で言うのもなんだが、思春期とは厄介なものだなと思う。



「でも、なんで柚葉のお弁当を食べたからって、美味しい弁当を買ってくることに繋がるワケ?」



「あのような美味い弁当を食わせてもらって、夕飯を不味い弁当で妥協するというのは失礼にあたるだろう?」



 お前は何を言っているんだ? という表情で私を見てくるお兄ちゃん。

 それはこっちの台詞だよと言ってやりたい。なんだか、非常に腹立たしい……

 お兄ちゃんのような変人の考え方を、ごく普通の一般人である私が理解できるハズないではないか。。



「ワケわかんない。それがなんで失礼にあたるの?」



「わからんか? 俺は彼女の飯を美味いと絶賛したのだぞ? それでいながら夕飯は平気な顔をして不味い弁当を食べるなど、まるで俺が料理を冒とくしているようではないか。そんな事は断じて出来ん」



 ぼうとく……?

 知らない言葉だ……。後で辞書で調べておこう。

 それはともかくとして、お兄ちゃんの言いたいことは何となくだが理解できる。

 恐らく、けなすとか馬鹿にするみたいな意味なんじゃないかと思う。

 しかし、味にうるさいお兄ちゃんがここまで言うとは……


 実は、私は柚葉の弁当をまだ一度も口にした事がない。

 静流は毎日のように貰っていたが、私には交換するおかずがないので遠慮していたのだ。

 しかし、こうなってくると話は別だ。

 お兄ちゃんが柚葉のことを気にしだした以上、私も柚葉のことをもう少し知っておくべきだろう。

 もしライバルになるようであれば、あらかじめ手の内を押さえておきたい。


 それにしても、ひょんなことからまた面倒ごとが増えてしまった。

 全く…、早い所血の繋がりが無いことを証明できていれば、もっと真っ向から攻められたというのに……



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