先輩と後輩の恋愛模様

第10話 ファーストフード店での交渉

「痛いよ修君！？」

「郁乃（いくの）、飲食店で大声を出してはダメだ。迷惑になるだろう？」

「叩く前に言ってよ！」

「お前は昔から口で言ってもわからないじゃないか」

「う……、そうだけど……。そ、それより！ 修君、何言い出すのよ！」

　やれやれ、言ったそばからコレだ……

　郁乃にはもう少し慎みを持ってもらいたいものだ……

「郁乃、俺は大声を出してはダメ、と言ったんだが……？」

「だ、だって！」

「だってじゃありません」

「ぶぅ……」

　そんな膨れっ面をしても、駄目なものは駄目だ。

　世の中、愛嬌だけで乗り切れる程甘くないことくらいわかっているだろうに……

「あの……、俺としても、できれば説明頂きたいのですが……」

「ああ、もちろん最初から説明するつもりだ。結論から言わせて貰ったのは、その方がこちらの話を聞こうという姿勢ができるからだ。あまり日本人的なやり方では無いが、相手に自分の話を聞いて貰いたい時は有効な手なので覚えておくと良い」

　俺の言葉に、早速聞く姿勢を取る塚原。

　それに対し、郁乃は相変わらず考えることを放棄してブースカと文句を垂れている。

　対照的な二人ではあるが、今後関わりあう事でどの様に変化していくのか、実に興味深い。

「……さて、では理由について説明しようか。当然だが、俺がこんなこを言い出したのにはいくつか理由が存在する。一つは、単純に郁乃に友達が存在しないというのが理由だ」

「ちょ！？ 修君！？」

「事実だろう？」

「む”ぐぅぅ……」

　やれやれ、ここでそんな可愛いい顔をしても意味はないぞ？

　いや、そんな気はそもそも無いのか……？

　なんだ、ただ単純に郁乃が可愛過ぎるだけだったか……

「塚原、俺が何を言いたいかわかるか？」

「……俺が前島さんの友達になることで、間接的に守って欲しい、とかですか？」

「……まあ、当たらずとも遠からずといった所だな」

「修君！？ 私、そんなのいらないよ！？ 修君さえいれば平気なんだから！」

「郁乃、俺は今塚原と話しているんだ。少し黙っていなさい」

「む”む”む”ぅぅ……」

「そ、そんな睨まれても、俺が悪いわけじゃ…」

　敵意剥き出しで塚原を睨む郁乃の口に、今度はシェイクのストローを無理やり突っ込む。

　少し嗜虐心を掻き立てられたが、素直にシェイクを呑む愛らしさに、そんな劣情は一瞬で浄化されてしまった。

「先程も言ったが、郁乃は性格がアレ過ぎるので女子からは嫌われる傾向にある。しかし、容姿が優れている故に男子ウケは良い。これで敵を作るなと言う方が無理のある話だろう？ 今後、再びいじめに発展することも十分にあり得るんだよ」

「でも、それだと前島さんの性格が直らない限り、解決しないんじゃ……」

「その通りだ。だから塚原の協力が必要なんだよ」

「……俺と前島さんが友達になることが、ですか？ ……正直、それじゃあ根本的な解決にはならないと思いますけど」

「そこが当たらずとも遠からずと言った部分だよ。俺はそもそも、イジメを防止するためだけに郁乃の友達になって欲しいと言っているワケじゃない。そんな理由であれば、塚原なら友達なんかにならなくても引き受けてくれるだろう？」

「……そうですが、だったらなおさら自分が友達になる理由がわかりません」

「いや、これに関しては、お前でなくては駄目なんだよ。理由は、その性格だ」

「俺の、性格ですか……？」

「そうだ。……はっきり言おう。塚原、お前の性格は俺から見ても難があるし、郁乃には及ばないものの、相当に厄介な代物だ」

「なっ！？」

　俺にはっきりと性格が悪いと宣言され、塚原は衝撃を受けている。

　それを見て、郁乃はニヤニヤとしながらシェイクをチューチューと吸っている。

　本当に性格悪いな、郁乃……

「しかし俺は、お前のことを本当に凄いとも思っている。正直、尊敬していると言ってもいい」

「えっ……？」

「塚原の正義感は素晴らしいよ。しかし、同時にそれは敵も作りやすいハズだ。昨今はことなかれ主義が多いからな……。お前のことを煙たがる人間も多いんじゃないか？」

「……それは確かに、あると思います」」

「しかしお前の場合、性格の難から敵を作ることも多いが、味方だって多いだろ？」

「そうですね。友人には恵まれていると思います」

　それを聞いて、郁乃がシェイクを飲むのを止め、呆然としている。

　実にわかりやすい反応だ。

「塚原の凄いところはそこだよ。敵を作りやすい性格でありながら、それ以上に味方を作ることの出来る人間性……。俺はそんなお前だからこそ、こんなことを頼む気になったんだ。郁乃に良い影響を与えてくれると、信じてな」

「先輩……」

　塚原の反応を見て、俺は交渉の成功を確信した。

　いったん落として、持ち上げる。

　俺がやったのはは、いわゆる上げて落とすの逆である。

　速度然り、感情然り、落差というものに人間は弱くできている。

　こういった揺さぶりをかけることで、動揺や判断ミスを誘うことができるのだ。

　まあ、少し狡いやり方をさせてもらったが、俺は嘘を吐いているわけではない。

　塚原に対する尊敬の念は本物だし、並べた言葉はどれも偽りのない本当の言葉だ。

　俺はその言葉を、より効果的に伝わるよう順序立てたに過ぎない。

「……先輩の言いたいことは理解できました。でも、友達という存在は、人に頼まれてなるようなものではないと思います」

「……その通りだな」

　十分に感情は揺さぶったハズだが、流石塚原、ブレないな……

「……塚原が言うことはもっともだ。だから俺も、最初から強制するつもりは無いさ。さっき条件とは言ったが、そこは前向きに検討して貰えるのであれば良いと思っている」

　交渉ごとにおいて、譲歩の姿勢は相手に対する印象を良くする役割がある。

　人の良い塚原であれば、こういう言い方をすればより前向きに考えてくれるようになるハズ。

　さらに言えば、ここの食事を奢ったのも印象操作の一環だ。

　塚原にとって、奢られたということは、借りを作ったのに等しい状況と言える。

　つまり塚原は、この店に来た時点で断りにくい条件を整えてしまっていたのだ。

「……わかりました。今からすぐに友達になることはできませんが、なるべく前島さんとしっかり向き合っていきたいと思います」

「そう言ってくれると助かる。俺が言うのもなんだが、性格はコレでも郁乃は本当に良い娘だ。それは俺が保証しよう」

「修君……」

　それまで呆然として固まっていた郁乃が、うるうるとした目でこちらを見てくる。

　危うく抱きしめてしまいそうになったが、ギリギリのところで自制する。

「先輩のことは信頼していますから、そこは心配していませんよ。ところで、いくつか理由があると言っていましたが、他の理由って……？」

「ん、ああ……、大体今の件に集約されているから大きな理由では無いんだが、俺はもう三年だろう？ しかも、進学は外部の大学を志望しているんだよ。だから、俺が卒業したあとも郁乃を守ってやれる味方が欲しかったんだ」

　俺の発言に、二人が停止する。

「はいぃぃぃぃぃ！？ ちょっと修君！？ 聞いてないんですけど！？」

　またしても大声を出す郁乃の頭にに、俺はため息を吐きつつげんこつを落とした。