第9話 ファーストフード店での取引



 一限目の授業が終わる。

 初日という事もあり内容は大したものではなかったが、皆受験生ということもあってそれなりに真面目に授業を受けていた。

 俺も至って真面目に授業を受けていたのだが、懐に閉まったスマートホンに複数回反応があり、なんとも居心地が悪かった。

 マナーモードにしてはいるが、これだけ頻繁にバイブレーションすると流石に気まずいものがある。



「坂本、なんかすっげー着信あったみたいだけど、大丈夫なのか?」



 隣の席に座る遠藤が心配そうに尋ねてくる。



「ああ、うるさくして悪かったな。……ふむ、SNSに複数回メッセージが来てただけで、緊急性は無いみたいだよ」



「そりゃ良かった。お前にしちゃ珍しいから、一体何事かと思ったぜ」



 確かに、一体何事かとは俺も思う。

 メッセージの送り主は郁乃いくのなのだが、授業中に一体何の用だったというのか……



(全く……、あれほど授業は真面目に受けろと言っておいたというのに……)



 SNSを起動し、十数件の未読メッセージを確認する。

 やはり全て郁乃からのメッセージであり、やれやれといった気分になる。

 高等部に上がったことでスマートホンが解禁されたのが主な原因なのだろうが、ただのスタンプをこうも連発されると流石に少しイラっときてしまう。

 俺はとりあえず、郁乃の通知設定をメッセージ通知無しに切り替えつつ、送られてきたメッセージに目を通していく。



(ふむふむ……、成程、そうなったか……)



 メッセージ内容は、主に塚原に対する罵詈雑言であった。

 見た目にそぐわない汚い言葉の羅列は中々に見苦しいものがあるので、今度注意しておこう。



(しかし……、クック……、塚原も中々に面白いアクションをとるな……)



「お、おい坂本、なんか怖い顔してるぞ……」



「っと、失礼。メッセージの内容が面白くて、ついな」



 内心だけで笑ったつもりだったが、ついつい顔にも出てしまっていたらしい。

 俺は改めて表情を取り繕うよう意識する。



(まあ、とりあえずは上手くやっているようだし、郁乃のメッセージは無視で問題ないだろう。塚原よ、郁乃を頼んだぞ……)





 ◇





 世界最大のファーストフード店『マック』。

 ちなみに略称では無く、正式名称が『マック』である。

 その『マック』に俺と郁乃、そして塚原はやってきていた。



「俺、ここ入るの初めてかも……」



「そうだろう? ここは中々に穴場なんだよ」



 この『マック』は、豊穣学園の最寄駅構内にあるのだが、実のところウチの学生はあまり利用しない店だったりする。

 というのも、豊穣学園の敷地内にはもう一軒『マック』が存在するため、学生は専らそちらを利用するからだ。

 つまり、ここは秘密の話をするには丁度良い場所なのである。



「塚原、アイスティーで良かったか?」



「あ、はい。でも、本当に良いんですか? 奢ってもらったりして……」



「ああ、構わん。俺は内職でそこそこ稼いでいるから、金のことは気にしないでいいぞ」



「……ありがとうございます。じゃあ、頂きますね」



 塚原が飲み物に口をつけるのを確認し、俺は内心で密かにほくそ笑む。



「さて、まず改めて説明しよう。既に知っているようだが、俺はこの前島 郁乃まえじま いくのと交際をしている」



「……はい」



 予想できたことだが、やはり塚原の反応は鈍い。

 塚原は随分と前から知っていたようだし、その反応も当然と言えば当然なのだが、……少し寂しく感じる。

 本当であれば、この情報で塚原がどんな反応をするのか、見てみたかったというのに……



「……しかし、もともとこの交際は、ごっこ遊びが始まりなんだ」



「しゅ、修君!?」



「落ち着け郁乃。塚原には一から説明する必要があるんだ」



 あまりにも煩いので、俺は郁乃の口に強引にハンバーガーを押し付けて黙らせる。

 それを見て塚原が若干引いていたが、俺は気にせず話を続ける。



「御覧の通り、コイツは容姿は良いが性格がコレでな。男にモテる反面、女子からは嫌われていた。結果的に、まあイジメと言っていい状態に陥っていたワケだ」



「っ!? イジメ……、ですか……。すいません、気づきませんでした」



 塚原の視線が鋭くなる。

 正義感の強い塚原は、この手の話に敏感だ。

 実際に塚原が止めさせたイジメについても、俺は何件か把握している。

 だからこそ、郁乃に対するイジメに気付けなかったのがショックだったのかもしれない。



「塚原が気づかなかったのも無理は無いと思うぞ。女子のいじめなんてのは陰湿なものばかりだからな……。男子生徒、それも別のクラスの者が気づけるなんてことは、まずあり得ない」



 女子同士の密接な関係というものは、ほとんどの場合男子生徒には伝わらないものである。

 なんとなく、そういったことを男子に漏らさない暗黙のルール的なものがあるのか、男子側に情報が入って来ないのだ。



「女子の中では有名ないじめも、男子生徒は気付いていないなんてことはよくある話だ。俺だって、現場に出くわさなければ気づかなかっただろうしな」



「そう、ですか……」



 俺が郁乃に対するいじめを知ったのは、本当に偶然だ。

 中等部時代、俺は飼育委員会に所属していたのだが、その活動中に偶然イジメの現場に出くわしたのである。



「その対策として、俺達はカタチだけ恋人のフリをするようになった。その関係がズルズル続いた結果、本当に付き合うこになったというワケだ」



「……成程」



「それで、正式に交際関係が始まったのが、丁度俺が高等部に上がったタイミング――塚原達が中等部二年の頃なんだ。だから、相談役として俺を選んだことは間違いじゃない」



「ん……? 修君、相談ってなんの話?」



「郁乃、後で説明してやるから今は静かにしていなさい」



 俺は郁乃に笑顔で睨みを利かせる。



「うぅ……、わかったよぅ……」



「良い子だ。それで、相談についてだが、乗ってやるのはやぶさかでは無い。ただ、一つ条件がある」



「……条件、ですか?」



「ああ。別に難しいことではないぞ? ただ単に、明日から郁乃のヤツと友人関係になって欲しいんだ」



「…………はい?」



 俺が言ったことの意味がわからなかったのか、塚原が間抜けな返事を返してくる。

 同様に郁乃も間抜けな顔をしていたが、次の瞬間には再びギャアギャアと喚き始めた。



「はぁぁっ!? ちょっと修君! 何言ってんのぉ!?」



あまりにもうるさかったので、俺は郁乃の頭にげんこつを入れることで黙らせたのであった。



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