第7話 尋ねた教室で天使と出会う
俺の名前は
と言っても、俺のオタク歴はそれ程長いワケではない。
この業界に染まったのは、つい最近のことである。
中学校時代、リアルに中二病にかかった俺は、妙にクールぶったり斜に構えたりと、それはもう痛々しい生徒だった。
その頃はまだオタクと言えるレベルではなかったが、その態度のせいで中三になる頃にはすっかりクラスの除け者になっていた。
俺自身、群れるなど格好悪い、自分は孤高でありたいのだ、などと誤魔化し、その状況を甘んじて受け入れていたせいもある。
しかし、そんな俺でも修学旅行などの集団活動において除け者にされるというのは、かなり堪えるものであった。
余り物扱いされて入った班には当然居場所などないし、発言権もなければ、意見すら聞かれない。
それは一人でいる以上に、辛く厳しい環境だった。
……そして結局、俺は学校に行くのをやめてしまった。
いくら強がって見せたところで、結局俺の精神はその重圧に耐えられなかったのである。
あの時の俺には、心の平穏を保つためにどうしても休息必要だったのだ。
しかし、当然といえば当然なのだが、その代償はあまりにも大きかった。
当時の俺は、学校には行かなくなったが、進学について諦めたワケではなかった。
学校に行かずとも勉強はできるし、学力さえ落とさなきゃなんとかなると思っていたのである。
……しかし、残念ながら不登校の影響は非常に大きかった。
まず、一番甘く見ていたのが内申点の取り扱いについてである。
中学三年生の内申点というのは、実は入試において非常に重要な意味を持つということを、当時の俺は全く理解していなかった。
実際の試験さえ高得点をとれば、内申点の低さなど十分に覆せるだろう程度にしか思っていなかったのである。
しかし実際のところ、ほとんどの高校の合否は内申点50%、当日の試験が50%という内訳で決まるらしい。
それどころか、公立校に至っては内申点が低いと受験資格すら無い場所すらあるのだという。
……つまり、俺はこの時点でハードモードに突入していたのである。
そして、もう一つが学力の低下だ。
半強制的に勉強する学校とは違い、自宅という環境は勉強するのにあまり良い環境ではないと言えるだろう。
自分の部屋には、漫画やゲーム、ネットといった数々の誘惑が存在するからだ。
それらを退けられるほど固い意思があれば問題ないのかもしれないが、普通の中学生がそんなモノを持ち合わせているワケがない。
……だから、俺がオタク化したのも、必然だと言っていいだろう。
……ほとんどが自業自得ではあるのだが、結果として俺に残された道はごく僅かになってしまっていた。
特に内申点の方は取り返しがつかないので、最低でも内申点をあまり考慮しない学校を見つける必要があったのである。
俺は、同じ学校の人間が絶対に行かないような地方に、内申点をあまり考慮しない学校がないか徹底的に調べ上げた。
ネットだけではわからない情報などは、直接学校に連絡するなどして調査した。
……そして、一ヶ月ほどかけてやっと見つけたのが、この私立『豊穣学園』である。
◇
ということで、俺は猛勉強の甲斐もあって、なんとか『豊穣学園』の生徒になることが出来た。
今日から新生活ということもあって、髪形も変えたし、眼鏡もコンタクトにして、まさに心機一転! バラ色の高校生活が俺を待っているぜ!
……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
俺に待っていたのは、以前と全く変わらない、孤立状態だったのである。
これは、よくよく考えてみてみれば、当然の結果でもあった。
何故ならば、『豊穣学園』は外部入学を受け入れてはいるものの、基本的には中高一貫校だからである。
中高一貫であるということは、高校に上がっても中学時代の関係が続くということを意味する。
それはつまり、ほとんどの生徒が顔見知りであるということでもあって……
(これじゃ、完全に転校生状態じゃないか……)
自分以外のクラスメートが楽しそうに話しているのを他所に、俺の新生活を期待する心は見事に打ち砕かれてしまった。
そして、悪いことはさらに続く。
「なあお前、坊ちゃんぽいし、小遣いとか貰ってんだろ? 俺らにも分けてくれよ?」
(今日はなんて不運な日なんだ……)
俺の内に秘めたるオタク性というか、打ち砕かれて弱り切った心を嗅ぎ取ったのか、ハイエナのような上級生に絡まれてしまった。
この日は教材を買うために大金を持ってきていたので、奪われると非常にマズいことになる。
なんとかして逃げないと……
「先輩方、そういうの、良くないんじゃないですかね?」
ヘラヘラと笑いながら逃げる隙を
上級生たちの意識がそいつに向いた瞬間、俺は一目散に逃げだしていた。
「はぁ……、はぁ……、助かっ……、た……」
俺は一度も止まることなく寮の自室へ戻ると、まっすぐベッドへとダイブした。
自分が助かったことに心底安堵し、ひたすら神に感謝する。
……しかし、落ち着いてから、本当に感謝すべき人物が他にいることを思い出す。
(……ネクタイの色、俺と同じ一年だったよな。何も考えず逃げ出してしまったが、アイツはあの後どうなったのだろうか……)
………………………………
………………………
………………
次の日、俺は勇気を振り絞ってクラスメートに声をかける。
「あ、あの…」
「ん? え~っと、杉山、だっけ? どうした?」
「あ、ああ……。その、すまないんだが、人を探していて……」
昨日俺を助けた人物は、すぐに特定することができた。
どうやらそれなりに有名な人物だったらしく、助けられたのだと伝えたら「塚原じゃね?」と一発であった。
(1-B……、ここか……)
昨日俺を助けてくれた塚原はじめという生徒は、この1-Bに在籍しているという。
しかし、尋ねてきたはいいが、急に怖気づいてしまい、教室に入れずにいた。
(自分のクラスですら居心地悪いというのに、さらに別のクラスへ踏み込むなんて……、難易度高過ぎる……)
「あの」
俺がドアの前に立ち尽くしていると、いつの間にか俺の後ろに、とてつもない美少女が立っていた。
「……すいません、少しどいてくれますか?」
俺は言われるがままにドアの端に寄る。
「ありがとうございます」
少女は礼を言って、速やかに教室へと入っていった。
そして……
「先輩! この女はなんですか!?」
先程の大人しそうなイメージとは異なる大きな声を出し、男子生徒に詰め寄った。
「はぁ!? アンタこそ誰よ!?」
「私は先輩の恋人です!」
(なんだなんだ? これは、修羅場ってヤツなのか? ……って! アレって、昨日の!?」
詰め寄られているのは、昨日を俺を助けてくれた男子生徒、塚原はじめであった。
(おいおい……、アレじゃ完全にリア充じゃないか……)
一人の男を、美少女二人が取り合っている。
まさにアニメやゲームで見たような光景である。
そのなんとも羨ましい光景を見ていると、自分の中の黒い部分がニョキニョキと芽吹いてくるのを感じた。
(……ひょっとしてアイツ、ただの『ええかっこしい』なんじゃないか……? 俺を助けたのだって、単に自分の株を上げようとしてやっただけなんじゃ……?)
そんな暗い考えが頭を過る。
素直に礼を言いたい気持ちが、急速に冷えていくようであった。
「あのぉ、邪魔なんですけどぉ…」
俺が暗い感情を募らせていると、再び後ろから声がかかる。
振り返ると、さっきの少女と同じ制服を着た女子生徒が立っていた。
「す、すみません」
謝って端に寄ると、少女は一瞬キッと睨みつけてから塚原達の元へと向かった。
一体何故俺は睨まれたのだろうか……
「先輩! あの人が何か用みたいですよ!」
「っ!?」
すると、何故か少女がこちらを指さしてそんなことを言い出す。
(な、何故わかったんだ!? あの少女、まさか心を読めるのか!?)
「あの人……? ってああ! 昨日の! 良かった……、色々と話しておきたいことがあったんだよ……」
少女が指さしたせいで、塚原が俺に気づいてしまう。
いや、もともと声をかけるつもりだったので、気づかれるの自体は構わないんだが……
(話しておきたいことってなんだ? まさか、俺を脅すつもりとか……?)
「え? いやいや、そんなつもりは無いけど……」
「っ!?」
ま、まさか俺、口に出していたのか!?
ってことはあの少女が俺のこと知ってたのも、睨まれたのも……、そういうこと!?
「塚原先輩! この人、最低なんですよ! 自分が助けられた癖に、先輩に対して『ええかっこしい』とか!」
やっぱりそうだ!
どうやら、引きこもりの弊害である独り言の悪癖が出てしまっていたらしい。
「ち、ちが、ちがうんだ! 俺はただ、昨日の礼が言いたかっただけで!」
さっきのアレは、嫉妬から出た暗黒面みたいなもので、決して本心ではない。
流石の俺も、そこまで落ちぶれてはいないつもりだ。
「……助けられたお礼を、言いに来たんですか?」
すると、今度はもう一人の少女が俺のことを見つめながら尋ねてくる。
(こ、この少女は、ヤバイ……)
もう一人の気の強そうなの少女も十分に可愛い部類だろうが、この娘はまるで……
そのまま妄想に突入しそうになるの、首を横に振って振り払う
「あ、ああ。昨日は、例も言えずに、逃げ出してしまったんでね……」
「……そうですか。でもそれなら、貴方は最低なんかじゃないと思いますよ」
「……え?」
「詳しい事情は知りませんが、貴方は先日お礼を言えなかったことを後悔して、わざわざ塚原先輩の教室まで足を運んだのですよね? ……そういうのって、当たり前のことのようですけど、今時中々できる人っていませんよ。先輩は、きちんとお礼が言える、優しい人だと思います」
「……」
その言葉に、俺は何も返すことが出来なくなってしまう。
ただ茫然と、目の前に天使がいるなという感想だけが頭に浮かんできた。
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