第5話 前島さんから詳しい話を聞く



「修くん! お待たせぇぇぇぇっ!」



 甲高い声と共に、開け放たれたドアの前にはツインテールの少女が立っていた。



(あれは……、そうか、彼女が先輩の……)



「ん……? あっ!? アンタは、塚原はじめじゃない!? ま、まさか、私がいない間に修くんのことを……? ゆ、許せない!」



「っ!?」



 なんだいきなり!?

 なんでいきなり喧嘩腰なんだ!?


 俺が動揺していると、先輩がおもむろに彼女の頭をハリセンではたいた。

 あのハリセンは遥か昔に一般生徒から没収したものらしいが、代々風紀員に引き継がれている伝統あるものらしい。

 それはともかくとして、それでいきなり自分の彼女をはたくのはどうなんだろうか……

 先輩は尊敬できる存在だが、彼女の話題など時折怪しい噂を耳にすることもある。

 もしかしたら、先輩には俺の知らない特殊な一面があるのかもしてない。



「……塚原、これだけは言っておくぞ」



「……?」



「俺はロリコンではない」



「あ、はい」



 別にそんな事を疑っていたわけでは無いので、反射的に返事を返す。

 確かに彼女――前島 郁乃まえじま いくのは見た目からしてロリータな雰囲気を醸し出してはいるが、れっきとした俺と同じ高等部の生徒である。

 先輩はロリコンだとかいう噂も確かに耳にはしたことはあるが、同じ高等部になった以上そんな噂もそのうち消えていくだろう。

 そういう意味では、むしろ今の状況的には俺の方が危ないかもしれない。

 いや、まだどう返事するか決めたワケじゃないけど……



「……本当に、本当だ」



「そ、そんな念を押さなくても、本当に疑っていませんって! 俺はただ、先輩が知らなかったことが少し意外だなぁと思っただけで……」



 先輩は余程気にしているのか、念を押すようにロリコンではないと否定してくる。

 俺は本当に疑っていないのだが……



「済まない。情けない話だが、本当に知らなかったんだ……。俺は何かと煙たがられる存在だし、そういった話を振られることもあまり無かったのでな……」



 一先ず、先輩による俺への嫌疑? は晴れたらしい。

 そして今度は、事の発端たる前島さんへの詰問へと移り変わっていく。



「中等部の間では、俺と郁乃が付き合っているのは有名な話らしいじゃないか?」



「う……、つ、 塚原! アンタがバラしたの!?」



 恨めしそうな目で俺を見てくる前島さん。

 確かに現状は俺がバラしたようなものかもしれないが、そもそもバレるバレないのレベルじゃない気がするんだが……



「待て、塚原は何も悪くないぞ。悪いのは郁乃、お前だろう……」



「う……、でも……、私悪くないよ……? だって、皆には絶対内緒だよって言ったもん……」



 いやいや、それは流石に……

 まるで小学生の言い訳である。いや、中学生も小学生も大差無いかもしれないが……



「それは……、どう考えても拡散される気しかしないな……」



「んな!? 塚原も私が悪いって言うの!? 塚原の癖に!?」



「そりゃ悪いに決まって……、っていうか癖にってなんだよ! 俺ら今まで面識なかっただろ! それなのになんでさっきから敵意むき出しだんだよ!」



 なんで初対面なのにこんな喧嘩腰なんだよ!?

 前島さんってもしかして、前世は闘鶏か何かだったんじゃないか!?



「当ったり前でしょ!? 修君ってば私とのデート中でもやたらと塚原のこと話すんだよ!? もう敵以外ありえないじゃん!」



 そんな理由!?

 それ、俺何も悪くないよね!?



「そ、そんなこと言われても……、俺が一体何をしたって言うんだよ……」



 俺は助けを求めるように先輩の方を見る。

 先輩はやれやれとため息を吐きながら、再び前島さんの頭をはたいた。

 その瞬間、胸がスッとしたのは気のせいだと思っておこう。



「……二人とも、少し現状について整理したい。一旦、外に出ていてくれないか?」



「「はい…」」



 先輩の悲痛そうな表情に思わず「はい」と応えてしまったが、今思うとこの状況はあまり良くない気がする。

 とっさに、「俺はこのまま帰ります」とでも機転を利かせられれば良かったのに……



「塚原……! あんたのせいで怒られたじゃない! どうしてくれるのよ!」



 案の定、俺はこの闘鶏のような少女に食って掛かられてしまう。

 本当に、もう帰っては駄目だろうか……



「どうもこうも無いだろ……。そもそも、前島さんが皆に言いふらしたのが悪いんじゃないか」



「だって! 絶対秘密だって言ったのに! 皆が悪いんだよ!?」



「じゃあ聞くけど、前島さんは先輩に、絶対に言うなって言われなかったの?」



「う……、それは……」



 あからさまな反応から、俺が指摘した内容が図星であることがわかる。

 まあ、最初からわかっていたけどね……



「やっぱりね。それなら、最初に約束を破ったのは前島さんってことになるだろ。皆のことを責めるのは、筋違いじゃないか?」



 まあ、広めた側にも一定の責任はあるだろうが、やはり一番の責任は自ら約束を破った前島さんにあるだろう。

 自業自得というヤツだ。



「だって、だってね……? 私ってホラ、可愛いじゃない? だから告白されたりとかってことが良くあってね? ああでも言わないと断れなかったりとか、なんで振ったんだとか理由を聞かれたりとか、本当に大変だったんだよ……? 私だって本当は、修君に言われたこと守りたかったもん……」



 ……ああ、そういうこともあるか。

 自分で言ってしまうところはアレだが、確かに彼女の容姿は可愛いと言って過言ではないだろう。

 実際、彼女のことを好きだという友達にも何人か心当たりがある。

 告白をされたというのも、事実なのだろう。

 そして、断った相手が理由を聞くというのも、まあ良くある話である。



(これは、フラれた側の男に問題があったようだな……)



 当たって砕けろ的に告白をする、いわゆるチャラい男は一定数存在する。

 そういうタイプは、フラれたこともあとあと話のネタにすることが多いため、その流れで話しが漏れることは十分あり得る。

 前島さんが先輩の名前を出したのは迂闊だったかもしれないが、一方的に軽率だと言うのは流石に可哀そうかもしれない。



「……すまない、前島さん。事情も知らない癖に、俺も言葉が過ぎたよ」



「……塚原?」



「確かに、君の言うような状況は十分に想定できる。ただ、それならそれで、早めに先輩に相談した方が良かったかもね」



 まあ、先程の発言からして、言ってしまったことの後ろめたさは感じていたのだろう。

 その結果として口をつぐんでいたのだろうから、強く責めることはできない。



「……塚原。アンタって、本当に修君の言う通りのヤツなんだね……」



「だからいつも言っているだろ? 塚原は本当に良い奴なんだと。まあ、頭は固いがな」



 その時、丁度視聴覚室から出てきた先輩が、前島さんの言葉にそのまま回答する。



「先輩、今前島さんから事情は聞きましたが……」



「ああ、わかっている。俺も少し思慮が足りなかったようだな」



 あれ? もしかして聞こえていた?

 視聴覚室のドアって防音がきいているし、音を通すとは思えないのだけど……



「二人とも、場所を変えよう。そうだな……、駅前のマックにでもしようか」



 そう言って、何も聞かずにスタスタと歩き始めてしまう先輩。

 それを前島さんが小走りで追いかけていく。


 正直俺はもう帰りたいんだけど、やっぱり行かなきゃダメなのであろうか……?



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