(あとがき)

 全十章お楽しみになっていただけましたでしょうか。

 章あたり文庫一冊分くらいで十巻分くらい書こうと始めた本シリーズは、お陰様でほぼ予定通りで完結することができました。

 前の章より面白くしないとという一心で続けてきましたが、途中からは彼らの物語を描き切らなきゃいけないという義務感のほうが強かったように思います。ようやくたどり着いたこのあとがきは、まぁ、個人的な記念みたいなものです。

 本当はもっと長く踏み込んだあとがきと解説もあって、「何章のこのシーンは〇〇をモチーフに、〇〇しないように書いた」とかまで書いてあります。それはこれを書いた時の気持ちを忘れないように記したものでして、共有したところで読み手と判り合えるようなものではないかも。

 そこであとがきとしてはもっと感想を(同意されるかは別として)共有したい部分について思い出話をしたいと思います。

 まず主役のノヴェル君について。最初は薄いと思っていたんですが、最終的には大好きなキャラクターになっていました。

 本作は悪役が活躍するシリーズをファンタジーでやるというコンセプトの元、ラスボス級を最初のほうから出しつつ、「どうすれば主人公たちを追い詰められるだろうか」という点を最も基本の考えとしました。

 ですので、主役は弱くて弱くてどうしようもなくて、でもしぶといように設計しました。勿論彼にも強みや特技はあるのですが、それも記録とか成績とか数値化できるようなものじゃなくて、本当に判りにくいものにしたかった。そのように最初から不利に設計されていた彼ですが、今第一章を読み返しても、ノヴェル君はノヴェル君で一貫している。成長はしてるけど、良い所は変わってない。自画自賛ではなくてノヴェル君を褒めてるんです。

 彼を描く上で気を付けたことは、彼くらい境遇に恵まれなくとも決して惨めには描かないということです。少年らしい空元気と根拠のない自信で固めました。七章では落ち込みもするのですが、くよくよ悩まず前向きに解決しようとするし、十章でも自分の無力を悔やみつつも爺さんと妹の心配をするというような成長ぶりを見せます。

 彼を通じて言いたかったことは、無能は悪いことじゃない、ということです。『ハリー・ポッター』のような才能がなくとも、『相良宗助』のように特殊な訓練を積んでいなくてもいいんだと。ダメダメの実を喰って一生『鱗滝さん』に平手打ちをされていてもいい。第一章時点では、極力普通のラノベのように偽装するという目標があったので大賢者の孫という設定にはしましたが、彼なら別にどこのどんな家に生まれてもきっと活躍したと思います。

 本作では最初と最後はかなりきっちりと、途中の展開もざっくりとは決めて書きましたが、作者でも驚くような番狂わせもございました。

 セブンスシグマは四章で生まれて四章の最後にスティグマに挑んで死ぬ(死にはしないのですが)予定でしたが、生き延びたばかりか正統王として私兵を集め、国を乗っ取るという暴れ方をしてくれました。ノヴェル君がファンゲリヲンを刺せず、突然旅に出てしまったときも相当焦りました。「君が行きたいんだったらしょうがない。行け」と覚悟を決めたわけですが、設定になかった周辺国まで作らないといけなくなって大変でした。さすがに終わりが見えてくるとそういうことも少なくなってきたと思った矢先、なんと急に登場したブリタシア女王が、勇者を核攻撃してしまいました。作者としては「九章にもなってそういうの困る。やめてくれよ」と思ったんですが、やってみたら何とか形になった。本当によかった。

 綱渡りでした。

 かなりきっちり決めたとは言っても、最後のオメガとの戦闘は正直「ニコイチで強くなって、島を飛ばしてくるけど天文台から魔力照射して消す。そしたら魔力がなくなる」くらいのことしか決めてなくて、どうやって島へ行くか、どうやって狙うかとかは全然考えておりませんでした。そこら辺をきっちり形にしてくれたのは、七章、八章以降の登場人物の頑張りなので、本当に助けられた思いです。特にノヴェル君には。

 小説を書くのは本質的に孤独だと思っていましたが、こう登場人物が暴れたり、助けてくれたりするとそんなことは言っていられない。こういうことは短編や、一冊くらいの長編では得難い感覚で、本当に一年頑張ってよかったなぁと思います。人気が出るとか出ないとかではなくて、やってよかったなと思うわけです。

 ただその辺のことは作者がしっかりすればいい、という話ではあります。一方で外的要因というのもある。例えば、作中の海賊は、名前が(偶然にも)外車に関連する名前なのですが、とあるテレビ番組の制作会社で外車を巡って事件が起きたりして、「ちょっとやめたほうがいいかな」という気持ちになりました。更にそれから少し経って、現実世界が伝染病でひどいことになってしまいました。姫様が船で勇者を連れて寄港するのしないのと揉める件がございましたが、そのあと外国船籍の某プリンセスが寄港できなくなったときもちょっとヒヤッとしました。

 これらは作中の出来事は、現実の出来事とは全く無関係で、影響も受けていません。なぜなら実際の事件よりも先に書かれたものだということはこの場を借りて明言させていただきます。『切り裂きジャック』など、参考にした事件もあるのですが、最近のものはありません。

 また本作には差別についてテーマにした部分がございます。これも北米でBLMが社会問題となる以前に書いた部分で、現実に起きている問題を取り扱ったものではありません。

 しかしながら、現実に差別があるんだからファンタジーの世界にもあるだろう、というような短絡的な発想で持ち込んだものでもありません。本来あるべきでない差別を架空の世界に持ち込むにあたってはかなり慎重に検討しましたが、誰にでもあるような排外主義から来る差別と、根強い人種差別は別のものであるという通説を採用しまして、「本作の世界には(自然には)巨人差別はない。誰かが意図的に仕組んだものである」という設定を行いました。差別の仕掛け人を主人公サイドと敵サイドにそれぞれ置くことで、その構造に踏み込むという目的を設定し、物語に不可欠な範囲でのみ採用するということにしました。

 何が言いたいかというと、現実の差別とは無関係で助長する意図は全くないということです。そこだけよろしいでしょうか。

 最後に音楽について。

 本作は小説ですので、劇伴やテーマが流れることはないわけですが、執筆中も聴いていますし、リスペクトしている作品もございます。その一部を紹介させてください。

 イギリスのロックバンドMUSEとマリリン・マンソン、両者の詩世界は本当に素晴らしいです。どちらも作中で強烈にフィーチャーしております。

 例えば、作中の正統王シドニアですがMUSEの『Knights of Cydnia』に由来します。彼の行動理念も、詩の影響を受けています。生け捕りにされちゃうんですけど。それから作中でシドニアに処刑される民王は緑色のベルトをしています。これも『Uprising』に登場する謎のワードで、その意味の解釈はファンの間でも意見を別にしております。あと、ノヴェル君の演説シーンや、各種ルビの使い方とか。

 執筆中に聴いていた音楽の影響はテーマレベルで受けていて、HYDEの『INTERPLAY』は六章、VAMPSの『INSIDE OF ME』は八章に特に強い影響がありました。六章のワンカット海戦なんかを書こうと思ったのはたぶんこの曲の影響だと思います。八章の始まり方や、何か化けそうな、何か飛び出してきそうな不気味な雰囲気も『INSIDE OF ME』の影響を強く受けました。ぜひ音源を買ってフル尺で聴いてみてください。

 あと――すいません、もう一つ最後に映画についてコメントさせてください。やっぱり映画の話をせずに本作を語ることはできない気がします。

 沢山の映像作品や海外ドラマをフィーチャーしています。探してみてください。特に『ダークナイト』、鮫映画については個別にコメントしたいです。知っている人であれば本作のコンセプトレベルで『ウォッチメン』や『ボーイズ』の影響があることはすぐに判っていただけると思いますので、そこは割愛させていただきます。

 ゴアはかなり露骨に『ダークナイト』のジョーカーを意識していますが、ジョーカーの他の悪役と一線を画すセリフは「想像力がなきゃ俺たちはただの間抜け」だと思います。本作においては、この精神がノヴェル君の精神的な支え、武器として登場します。ジョーカーのことばかり考えていたら「スティグマってちょっとトゥーフェイスっぽいな」とは後で気付きました。中身は全然違うんですよ。すいません。

 それから鮫映画です。第三章で強烈にフィーチャーしています。鮫映画はB級コメディとしては、ラノベの世界でも語り尽くされた感じはありますが、作者は『シャークネード』より『ディープ・ブルー』が好きなんだ、ということを全面的に主張させていただいた章となりました。ゾンビも一番好きなのは『28日後…』シリーズなのですが、ゾンビは伝染するというキー設定がないとやっぱり既存の作品には相性のいいものがなくて、七章のゾンビパートでは特にフィーチャーした映画はないです。

 さて、マジックパンクファンタジーという枠組みで始まった本作ですが、ジャンルとしては限りなくコメディとして書きました。「人生は近くで見れば悲劇だが遠くから見れば喜劇」と言いますが、距離感の調整には苦労しました。SFっぽくなってもサイコスリラーっぽくなっても、コメディに帰るんだということです。難しい展開も、つらい展開もありましたが、これを読まれた皆様が少しでも元気になっていただければ、それに勝ることはありません。

 では、運が良ければ次回作でお会いしましょう。

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The 2nd Law: 七人の勇者を殺す 深澤夜 @asami_asa

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