47.3 「だめだ。どれも不可能か、確実性に欠ける」

 浮遊要塞迎撃作戦。

 その準備は着々と進んでいるように見えた。

 迎撃はフィレムの森から望遠鏡を使って行うわけだが、その間にベリルでやらなきゃいけないことが山ほどある。

 キュリオス部隊や、その他残る船舶による海上哨戒しょうかいもそのひとつ。

 空にオメガの要塞が現れたら、すぐに発見して報せられるようになっているらしい。

 地上に残る魔力を光に変え、天文台の天体望遠鏡から空中要塞のどこかにいるオメガへ、正確に打ち込むわけだ。

 望遠鏡を逆様にして、そこから撃ちだした強烈な魔力を一定時間照射し、オメガを完全に消滅させる。

 爺さんの実験室で見たように、跡形もなくだ。

 天文台の設備をチャンバーレインが整備中で、そちらは間に合いそうだ。

 ポート・フィレムの住民は、地元元老会とギルドの手を借り、全員オルソーに避難させる。こちらも手配ができて、スムースに進めばオレの出番は最終確認だけになりそうだ。

 ベリルからオレたちがポート・フィレムまで移動する時間もかかる。こればっかりはゼロにできない。

 カーライルがオルロ王代理を通じて運輸省に列車の運行を停止してもらい、トップスピードで列車を動かすが――それでも五時間はかかる。


「私たちなら三時間で着いてみせましょう」


 そう名乗り出たのはハムハット車掌とそのチームだ。

 オルソーまで三時間で着けば、あとは車でポート・フィレムまで三十分。

 フィレムの森を、車や列車の火力全開で突っ切らせてもらうことはフィレム神に許可をとった。

 こうして外堀は埋まってゆく。

 しかし――。


「残る問題はあと一つ――どうやってオメガの居場所を特定するかだ」


 ジャックが言い、ミラが溜息をく。ノートンは頭を抱えた。

 無理難題だ。

 これはどう考えても無理だ。

 外堀ばかり埋まっても、肝心の本丸が所在不明なわけだ。

 魔術で光を曲げるには距離が遠すぎるらしい。

 奴らがまだ持っているかも知れない小型通信機の電波を使ってはどうか?

 観測気球を上げて、そこから偵察してはどうか?

 インターフェイスが目を覚ましたら頼めないか?

 コーマではどうだ?

 様々なアイデアが出たが――。


「だめだ。どれも不可能か、確実性に欠ける」


 ノートンが机に突っ伏した。

 浮遊島は面積三万エーカー。一辺が十キロの面積におよそ等しい。

 そこに山地、湖、城、村、森がある。

 人ひとり見つけるだけでも難しく、更に動きを止めることは限りなく不可能に近い。

 相手はオメガだ。誰であれ見つかれば直ちに殺されてしまうだろう。

 こうしている間にも時間は溶けてゆく。

 既に時計の針は天辺てっぺん――深夜零時を回っている。

 浮遊島アレン=ドナのポート・フィレム到着までの予想時間は――残り八時間。

 オレたちの移動時間を考えたらもう四時間かそこらだ。

 ジャックがノートンに結論を求めた。


「選ぶとしたらどのアイデアだ。このままじゃ『居そう』なところを撃って様子を見る、みたいな話になっちまう」

「観測気球だろう。だが所詮しょせん、目視での観測だ。地下があったら、森に入られたら――もう居場所はわからない。そもそも城から一歩も出なければどうすればよいのだ」

「観測とかじゃなく、気球で潜入して人力で探すのはどうだ」

「見付けても逃げられるか殺されるかのどちらかだ。そもそも気球の用意が今からではぎりぎりだ。今すぐ出てもポート・フィレムに着いて四時間しかない。それに天候が悪ければ飛ばすことも難しいのだ。ましてあんな飛んでいる島に侵入なんて――不可能だ」

「それでも一番可能性があるんだろ? 念のため用意だけは始めて、列車に積み込ませろ。今すぐだ」


 わかった、とノートンが席を立つ。

 ドアを開けると廊下が何やら騒がしい。

 どうやらロウとセスがスプレネムを確保して戻ったようだ。


「おい、ジャック。あたいの意見も聞け」


 珍しくミラが挙手して発言した。

 もうジャックとオレしかいないのだからいつも通りで構わないと思うが。


「この件はもう人間にどうこうなる問題じゃねえ。土下座でもなんでもして、神様に任せるべきだ」

「自分たちならどうにかできると、あの神サマたちが一回でも言ったか?」

「少なくとも気球なんかなくたって島へ行けるぞ」

「行ってもアトモセムの二の舞だ。奴は誘ってやがるんだ。『神サマは美味しい』ってな」


 たしかに、ミラの言うようにこれは人間にどうこうできる問題じゃないのかも知れない。

 でもジャックの言うように、リスクもある。


「もしも、だが。もし、お前の妹が島に行ければ――上手く姿を消して、奴の位置を報せられないか?」


 そう提案されてオレは断固拒否した。


「リンには無理だ! そんな器用なことができたら美術館でももっと上手く逃げられた!」


 もしそんなことができたら、一番よいアイデアなのは間違いない。

 でも『もし・・』が多すぎる。心情的にもリンにそんな危険を冒させるのは反対だ。


「爺さんなら電撃で奴を動けなくすることができるかも」

「マーリーンが島に行ったら誰が望遠鏡を操作するんだ。特大だぞ。チャンバーレイン一人じゃ無理だ」


 それでも、少なくとも爺さんと相談したほうが良い気がした。

 爺さんなら妙案があるかも知れない。

「爺さんを呼んでくる」と言い残してオレは外に出た。

 どうせまた地下の研究室だろう。

 廊下をそちらへ向かう途中、集中治療室の前を通りかかった。

 ガラスの向こうで、姫様がコーマに何かを訴えかけている。

 オレは思わず扉を開けた。


「――あなたはご自分を魔王と思っているのでしょうが、そうではありません。このままではただのテロリストです」

「テロリスト? 何とでも呼べば良い。一向に構わぬ」

「私の提案を受け入れるべきです。そうすればいつか、父上の名誉を回復するときも来るかも知れないのですよ」

「ハッ。父の名誉など鼻にもかけておらぬわ。右側は違うかも知れぬがな。さて、お客様が来たようだぞ」


 姫様が振り向いて、バツの悪そうな顔をした。

 医者もカーライルもいない。姫様とコーマだけだった。


「ノヴェル。いつからそこに――」

「す、すみません。まさか姫様が一人でそいつと話してるとは思わなくて――」

「コーマにご用ですか? 今、片方・・が眠っていて、お話するのにちょうどよかったんです」


 いいえそんな奴に用はないです、とは言えなかった。

 忙しいのに時間の無駄だとは思うが、姫様も一生懸命に奴と向き合って懐柔かいじゅうしているんだ。


「姫様、あなたはそんな奴と話しちゃいけない。オレが話す。姫様の魂がけがれる」


 魂ときたか、とコーマはせせらわらった。


「魔力も持たぬお前が魂を語るか。『輝き』のないお前はそこらの石ころにも劣る」

「また『輝き』か。その『輝き』って何だ? オレにも判るように教えてくれよ」

「――」


 コーマは急に黙った。


「聞こえなかったか? 『輝き』とは何だ?」

「――その手には乗らぬ」

「おいおい! 何だよ自分から振っておいて! おいったら! オレは見たんだぞ! そこのインターフェイスに――」


 指差したインターフェイスのほうを見て、オレは息を呑んだ。

 インターフェイスの眼が――開いている。


「インターフェイス! 気が付いたのか!? 姫様! すぐに医者を!!」


 姫様は慌てて外へ走って行った。

 皇女陛下をあごで使ってしまった――と悩んでいる暇はない。

 オレはインターフェイスのベッドへ走って冷たい手を取る。


「インターフェイス! 聞こえるか!?」

「わ――わたくしは。今、創造主の声が――」

「ファンゲリヲンか!? ファンゲリヲンは――いない。覚えてるか? お前は、大活躍したんだ! あいつの意識を奪った!」


 インターフェイスはゆっくりと首を動かし、ベッドで横になっているツギハギのツインズを見て絶句した。


聖痕せいこんが――ない。あ、あ、あのお方を――あなた達は」

「お前はあいつの自爆命令を受けて、危うく死ぬとこだった」


 くくく……と低い含み嗤いが背後から聞こえたが、オレはコーマを無視する。


「説明すると長くなるが――あいつはもうお前の知っているあいつじゃない。誰でもないんだ! もうあいつの言うことを訊く必要はない!」」

「ファンゲリヲンの泥人形よ。愉快だな。石ころ人間と泥人形同士、仲良く終末を見るがいい」

「なっ!? あいつもああ言ってる――もう自由だ!」


 終末? とインターフェイスは疑問符を浮かべて天井を見る。


「終末ってのはな、アレン=ドナだ。周り土地が空を飛んで、あちこちの聖地を奪ってるんだ!」

「くくく。手遅れだよ。もう手遅れなのだ」


 インターフェイス、とオレは手を強く握る。


「何でもいい。奴の弱点を教えてくれ。空飛ぶ島だ。どうやって止める」

「動き出したら――不可能です。あれは、この星の魔力を奪って宇宙へ行きます。はるか彼方の――ヴォイドの満ちる世界へ」

「黙れ泥人形」


 いいぞ、とオレは応援する気持ちで更に手を握る。


「弱点など――ありません」

「あの、オレに一度だけ見せてくれた『輝き』は何なんだ! あれはいったい」

「魔力の根源――と言えます」


 やっぱりそうなのか。


「じゃあ、その『輝き』ってのは、本当にオレにはないのか!?」

「ありません。ありませんがそれは――」

「やめろ、泥人形! その先を言ってはならぬ!」


 ――何かある・・・・

 その『輝き』の中に――あるいは外に――奴にとって都合の悪い何かが。


「どうしましたか、ノヴェル。インターフェイスは――」


 姫様が医者を連れて戻ってきた。


「今、インターフェイスが、オメガの弱点を教えてくれようと――」


 コーマが声を荒げてオレの報告をさえぎる。


「馬鹿め! 弱点などではない! 我らに弱点など! 存! 在! しない!」


 そいつを黙らせてくれ先生、と言ってオレは再びインターフェイスに向き直る。


「あなたやわたくしに『輝き』はない。それはあのお方にとって、存在しないも同じことです。そう――」

「やめろ!!」


 コーマがベッドを揺すって暴れる。

 姫様がにやりと笑った。


「いいでしょう、コーマ。あのお嬢さんが全てを白状すれば、取引はなかったことにいたします」

「――」

「時間稼ぎはもうお終いです。右側・・の眠っている今のうちに、ご自分で話された方が得策だと考えますが――いかがです? 勇者の王よ」

「ぐ」


 コーマはうなったまま、ぐったりとした。


「わかった――話す」




***




 コーマは語りだした。

 近くに寄れと言われて、オレは奴のベッドに近づく。

 奴は、自分の右側を起こさぬよう小声になっていた。


「今の私には目が二つ付いている。両の目でお前を見ている。これがどういうことかわかるか」

「――さぁ」

「我ら双子がそれぞれ半分ずつヴォイドを宿していた時――私には片目が・・・見えて・・・いなかった・・・・・。あの聖痕におかされた眼球は、光を通さぬ・・・・・のだ」

「片目には何も見えてなかったのか?」

「そうではない。お前の見たという『輝き』――それとその陽炎かげろうのような魔力のみ。あの目に映るのはそれだけ・・・・であった」

「そ、それってつまり」


 オレがインターフェイスを通じて垣間かいま見た世界――それが、あの男の、見えない方の眼の世界。

 オレには自分の手すら見えなかったあの世界。

 今や、空にいるオメガは両方とも・・・・あの暗黒の眼だ。

 コーマは顎だけで小さくうなずく。


「あちらの私――お前たちの言うオメガの――左右の目は、今どちらも光を通さぬ。見えるのは、『輝き』のみ」

「じゃあ、つまり、この世でオレとインターフェイスだけが――見えない!?」


 再び頷く。


「初めて船上のお前を見たとき、私は我が目を疑った。この世にお前のような者がいるのかと。なぜ魔力を持たないのか。他にもいるなら、どこにどれくらいいるのかと」


 あの時、オレのほうをいやそうに見たのは――サーチライトがまぶしかったからじゃない。

 逆だったんだ。

 オレが暗すぎたせいだ。

 奴の左目に見えたオレは、右目には見えていなかった。

 奴の右目に見えたオレは、左目には見えていなかった。


脅威きょういになり得ると思った。兄が――右側が、必要以上にお前を警戒しすぎたのだ。あの時殺しておけばこんなことには――」


『光』の絵。

 同じものを見ているようで、見えているものはそれぞれに違う。

 あの絵の中で女性が指差すものは何かと訊くと、皆それぞれに違うものに着目したけれど、テーブルの上の空の水差しだと答えた者はいなかった。

 わかった、とオレは立ち上がった。


「姫様――悪いけど、オレは避難の誘導はできない」

「ノヴェル」

「見つけたんだ――たったひとつ、奴を止める方法」


 あの空の水差しは――やっぱりオレだったんだ。

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