45.4 『近すぎても遠すぎてもダメだ。そこからが正念場だぞ――』

 広場に転がる無数の死体の間で、ベータの表情がほんのわずかにゆがむ。

 その機微きびをジャックは見逃さなかった。


「おおっと!」


 ジャックは横に跳んだ。

 地面から黒いつたが鋭く飛び出し――ジャックはそれをかわしていた。


『――ある一本の蔦をよく見れば、他の蔦の動きもある程度予想できる。初撃をやり過ごすのが一番難しい。蔦から目を離すな。だから逆説的だが、なるべく沢山蔦を出すように仕向けるべきだ』


 昨日の会議の席でのノートンの発言だ。

 ジャックは地面から生えた蔦をにらむ。

 地面から生えているように見えても、これはツインズの神経でもある。

 ――初撃を躱してやったぞ。早く二本目を出せ。


「一本だけか!? 俺をナメてやがるな!? それともお前のプールはもう空っぽか!」


 挑発を繰り返す。

 すると、今避けたばかりのその蔦が、地面を切り裂きながらこちらへと動きだした。


「おいおいおい、これはズルいぞ!」


 ジャックは後ろ向きに逃げる。

 それを追って、蔦はメリメリと地面を割って進む。


『ジャック君! 後ろだ!』


 ――この声は。

 その声に振り向くと、別の蔦が出現していた。

 一本目の蔦とは形も動きもまるで違う。

 挟撃きょうげきだ。

 アルファかベータか、一人のときには使われなかった手。

 ツインズが揃うとこういうことができる。

 ジャックは夢中で跳んで、交差する二本の蔦の間からどうにか逃れた。

 そういえばノートンはこうも言っていた。


『アルファとベータがそれぞれ蔦を出す場合は難しい』


 難しい・・・と――それだけだ。

 有効な対策は無し。

 とにかく基本は同じなはずだ。二本をそれぞれ注視しつつ、け続ける。

 言うは簡単だが、これは実際不可能に近い。

 作戦会議の席上、ノヴェルに質問された。


『でも避けててもツインズを倒せないぞ。避け続けて、どうするつもりだ』


 それにジャックにはこう答えた。


『奴らを揃って地面に張り付ける。ノートンたちの電気魔術が頼りだ。蔦を沢山出して防御しているときがいいだろう。あとは奴ら同士と、俺たちの距離、位置関係――斬り込むのにベストな状態をつくる。近すぎても遠すぎてもダメだ。そこからが正念場しょうねんばだぞ――』


 ところで、今『後ろだ』と警告したのはノートンの声だった。

 ジャックは蔦から逃げ、ひっくり返った戦車の陰に隠れた。


「ノートン! いるのか!? どこだ!」


 しかし見渡してもノートンの姿はない。

 返事もない。

 蔦が、ジャックが隠れていた戦車をバラバラに切り裂いた。

 ジャックは返事を待たずにまた別の物陰へと走りだす。

 ミラはその様子を、少し離れた陰から見ていた。


「キョロキョロしてんじゃねえ! 逃げろジャック!」

『言われなくたってそうする!』


 ミラは、ひとまずジャックが物陰に隠れたのを確認し――彼女もまたツインズに向けて大声を張り上げた。


「おい! てめえら、よくもクソ親父をけしかけて使い捨てにしてくれたな! そのせいで無関係なオフィーレアも人生を踏み外しちまった! それも何度もだ!」


 ジャックを追う蔦の片方が、ミラのほうへと向かった。

 ロウとセスがチームを散開させ、多方向から全力で魔術を撃つ。

 アルファとベータは追加の蔦を出して応じる。

 炎が吹き上がり、風が渦巻いて土埃を舞い上げる。

 精鋭魔術師、対するは無敵の境界。

 多数の蔦が入り混じる、完全な混戦模様。

 距離をとって隠れたジャックは、蔦の動きを目視しようと目を凝らしていた。

 これにはひとまずツインズを抑える効果はあるが――魔術の煙が邪魔だという問題もある。


「ノートン! どこだ!? どこにいる!」

『遅くなって済まない。安全なところから君たちをサポートする。姿は見せない』

「了解。そのほうがいい。頼むぜ」


 視界の効かない中、アルファが小さなブラックホールを出現させていた。


『ミラ君! アルファがブラックホールを出した! プランBだ!』


 ミラは光の魔術を使う。

 それはちょっとした手品だ。

 認識阻害を、接近せずに使える程度の能力――。

 物体周辺の光を曲げ、幻影を投影するだけでなく、一時的に位置関係を誤認させたり隠したりすることもできる。

 ミラの曲げた光によって、出現したはずのブラックホールが完全に消えた――かのように見える。


『いいぞ! ブラックホールが隠れた!』

「早く――早く次のブラックホールを出せ!」


 リスクはある。

 ブラックホールは見えなくなっただけで、消えたわけではない。つまりこちらからすると、敵の攻撃がまるで見えないことになる。

 しかし丁度その時、ベータが同様に小さなブラックホールを出す。

 先んじてブラックホールを出していたアルファは、それに気づいて初めて慌てた・・・ように見えた。


『全員退避しろ! 干渉が起きる! 結果を予測できない!』


 ミラが魔術を解除し、物陰に飛び込む。

 ジャックも頑丈な建物の陰へ隠れた。

 二つのブラックホールが互いに引き合い、離れてはまた引き合う――干渉だ。

 ベータが、咄嗟とっさに空中へ飛び上がり、アルファの位置を再ピボットし、接近した。

 二人のツインズの位置は、かつてないほど近づく。


「奴らが近づいたぞ! でもまだ空中だ!」


 ブラックホールは互いにもつれ合い、くるくると回転し、そのままツインズの周辺を暴走し始めた。

 ツインズは翻弄ほんろうされる。

 彼らは今や、自分たちのり出した攻撃の制御を喪失そうしつしていた。


『いいぞ、チャンスだ! ロウ君! セス君! ツインズをそのまま地上へ落とせ!』


 ロウとセスが魔術を撃ちこむ。

 ツインズはブラックホールをかわすのに手いっぱいだ。

 蔦を出して防御するが、一部の魔術は命中する。

 電撃が届くまでには――もっと高度を下げさせなければならない。


「効いてるぞ!」


 ツインズは空中で互いに位置を変えながら何度か暴走したブラックホールをやり過ごすうち、ついにブラックホールの制御を取り戻した。

 アルファがもつれ合う双子ブラックホールを、空高く放り投げる。

 制御できたのも一瞬のことだったのだろう。

 ブラックホールは空の彼方――宇宙空間へ飛び去った。

 空中で、アルファはベータを睨みつける。

 ベータも同様に、アルファを睨みつけていた。




***




 オレの車は美術館の入り口の階段を駆け上がり、エントランスを突っ切ってガラスのドアを突き破った。

 フロントガラスはもともと無かった。ガラスやら格子の破片が車内に飛び込んでくる。

 ロビーに侵入し、石の柱に衝突しょうとつして――車は止まった。


「リン! 出るぞ!」


 体に落ちたガラスの破片を払いながら、オレは車外に転がり出る。

 それと同時に、車が斜めに切り裂かれた。

 ホワイトローズだ。

 オレが石の柱の反対側に回り込むと、そこにリンもいた。

 リンの手を取り、オレは美術館の奥を目指す。

 目の前には開館前の、暗い名画回廊。奥まで見えないが――ここはずっと真っすぐだ。


「ここはダメだ! リン! こっちへ!」


 名画回廊のバックヤードのドアを開け、そこに飛び込む。

 おーい! と回廊からホワイトローズの声がした。

 修復用の画材や額縁がくぶち雑然ざつぜんと積まれたバックヤードを、物音を立てないように進――。

 ガン!

 ペンキの缶が転がった。

 リンに被せた上着のすそが、ワークベンチに乗っていたペンキの缶に引っかかっていたんだ。


「――伏せろ!」


 細身のサーベルが、壁を貫いた。

 積まれていたペンキの缶を突いて、中身をばらまいている。

 オレは身をかがめたまま、リンの腕を引く。

 そこに、何度も何度もサーベルが突き出される。

 オレはリンに落ち着くよう言いながら、しゃがんでバックヤードを進み続ける。

 突き当りの階段を降り、地下一階へ向かう。たぶんそのあたりに館長室があるはずだ。

 室内は見ていないが、書架か金庫か――隠れるところはあるかも知れない。

 階段を降りたところは、ドアが一枚あるだけで行き止まりだった。

 恐る恐るドアを開けると、その向こうは吹き抜けのホールだ。

『放浪するセイレーン氷像とリオンの振り子』のぶら下がるところだ。

 無人のホールを、あの振り子は動き続けている。


「くそ、間違えた!」


 オレは小声で悪態をく。

 吹き抜けの上階に、足音が響いていた。


「おーいって! 出てきな! 話、しようぜ。仲良く。また」


 オレはドアを閉じた。


「ノヴェル、お知り合いですか」

「あんな知り合いはいない!」


 どこか、どこかに隠れられる場所はないか?

 館長室――あのとき、ホールでファンゲリヲンを迎えた館長はどこから出てきた? どこへ戻った?

 ――だめだ、見ていない。オレは美術品に夢中だった。


「――何。無視? スルー? ならさ、こっちから行くよ」


 まずい。


「リン、昨日ノートンさんにやったみたいに、オレの姿を映し出せるか? 外のホールにだ」

「出来ますよ。っていうか、それしかできないです!」

「やってくれ!」

「ドアが邪魔です。自分の姿じゃないと、見通しだけみたいです」


 ――そうだった。

 オレは再びドアを開けて外を盗み見る。

 まだホワイトローズは降りてきていない。

 ここで何とか時間を稼ぐんだ。

 ジャックたちが――例の作戦・・・・を成功させるまで。


「いいぞ。出よう。オレは隠れて演技をする。その姿を映して、リンはオレの指示通り吹き抜けの壁際を通って奥へ隠れてくれ」


 リンがうなずき、オレは外へ出る。


「ホワイトローズ! オレだ!」


 あっという間に、もう一人のオレがそこに立っていた。

 まるで鏡のようにオレの動きを完全に映している。

 オレが歩くとオレの虚像も歩く。


「見っけ!」


 上から声がした。

 オレは上を振りあおぐ。


「ここだって! こっち! どこ見てんの!?」


 こっちと言われてもオレからホワイトローズの姿は見えていない。

 意外に難しい。

 オレはリンに、ホール反対側の通路の扉へ行くよう合図する。


「昨日のさ! 昨日の、何、アレ! 酷くない!? 濡れちゃったじゃん!」

「――?」


 リンが立ち止まってオレを睨んだ。


「――あ、海に落ちてってことね。死ぬかと思ってコーフンしたけど」


 いいから行け、とオレはリンに目だけで合図する。


「ま、いいや。言いたかったの。それだけ。楽しかった」


 じゃあ死んで――とホワイトローズが跳んだ。

 上階から、オレの幻影を目掛けて真っすぐに斬りかかる。

 その刃は心なしかゆっくりと――まるで楽しむように、背後の壁ごとオレの幻影を切り裂いていた。


「――ん?」


 ホワイトローズは気付いた。

 オレは叫んだ。


「リン! 走れっ!!」


 リンはきびすを返して、回廊の奥へ向かう。

 くそっ。思ったほど時間を稼げなかった。

 オレもリンの方へ走り出し、オレの幻影も走り出した。


「何? 何これ? 幻ってヤツ? ――ってそうゆうことかよぉぉ!!」


 ホワイトローズがこっちを向こうとしたが、剣が壁に突き刺さったままだ。

 オレは、振り子の下を通り抜けてリンを追い、回廊へ飛び込む。

 奴が剣を持ち替える、あとほんの少し、ほんの少しの時間が――。


「あーもしもし? あのー、あたし、あたし。あたしです」


 ――オレは壁にでもぶち当たったかのように立ち止まった。

 背後から、聞こえたその言葉・・・・は、オレがまったく予想しなかったものだったからだ。


「今、美術館? ってとこにいるんですケド。そのー、今ちょっと、いいですか?」


 オレの背中を冷たいものが流れ落ちる。

 ホワイトローズは、誰と話している・・・・・・・

 オレは恐る恐る振り返った。

 奴は――小型通信機を耳に当てていた。


「お探しの? 女神サマってやつ? ここにいるんですケド――」


 ホワイトローズは通信機をぶらぶらと振って見せた。


「便利だよね、コレ」


 まさか――ツインズのどちらかが、これを持っているのか?


「だ、誰と話してた――」

「あのヒトだよ。まー喋んないし、どっちか知らないけど。ここ――来るんじゃね?」


 オレはリンに向き直る。


「逃げろ、リン! オレがなんとか、足止めする。お前は自分の幻影を出来るだけ沢山出して――いや、ダメだ、あいつがここへ来るんだ。逃げてくれ!」


 リンは怯えたように、身を固くして聞いている。

 でも決して頷かない。


「――ちょっと聞いてんの? つかさ、あんた、何? そういうのが好みなの? ソウィユノみたいに?」

「うるさい! こいつはオレの妹だ!」


 あはは、とホワイトローズはわらう。

 オレは気付いた。

 リンのすぐ後ろにあるボタンは、昇降機の呼び出しボタンだ。

 昇降機のかごの位置を示す針は今――最上階の三階にある。

 開館前だぞ!? なんでよりによってそんなところに止まってるんだ!? 下に止めておけよ!!


「なるほどね? つか、やばくね? 妹が女神様なんて」

「うるさいって言ってるだろ!」


 オレはリンを逃がすのに忙しい。

 なのにリンは、オレの話より奴のほうを気にしている。


「あんたは、まだ殺してやんない。その妹ってやつがあのヒトに喰われて、あんたがどんな顔するのか見たい。ね、お兄ちゃん」

「やめろ!!」


 オレは振り向いて、奴を睨んだ。

 そのときだった。

 吹き抜けの天井が半分ほど崩れ、まばゆい光が降り注ぐ。

 振り子が傾き、大きく揺れる。

 落ちてくる瓦礫がれきと天井画の残骸ざんがい

 振り子に乗っていた氷像が外れ、床の円形の銅板に当たって砕け散った。

 ホワイトローズも上を見て、防御姿勢をとる。

 オレはそのすきをついて昇降機のボタンを押した。


「籠が来たら乗って逃げろ。いいな」


 オレはリンに一方的にそう言い聞かせ、振り向く。

 光の中を、双子が降りてきた。

 ――くそ。奴らがきた。


「ノヴェル!! リン!!」


 上からジャックたちの声も聞こえてきた。

 まだ作戦は終わっていない。

 おそらくこれが――最後のチャンスだ。




***




 ジャックとミラが吹き抜けの上から飛んで、オレたちのいる地下へ降りた。

 ロウとセスがそれに続き、彼らのチームが吹き抜けの上に展開する。

 彼らは上から魔術で、ホワイトローズを集中的に攻撃する。

 ホワイトローズはそれを次々切断して防ぐが――どういうわけか奴の剣撃は、飛んでくる炎を外している。

 ミラかリンのどちらかが援護して、魔術の軌道をずらして・・・・見せているんだ。

 撃ち漏らした魔術がホワイトローズにダメージを与え、奴がひざをつく。

 優勢――のようにも見えたが――。


『す、すみません! 魔力が――そろそろ限界です!』

『こちらも――電撃を使い過ぎました。もう――』

『セーブしろ! 俺がホワイトローズを抑える!』


 ジャックが魔術部隊の加勢に入る。

 電撃はこの作戦のキーのひとつだ。出せなくなったら詰む。

 あとどれほど猶予ゆうよがある判らないが――ツインズを両方とも地面に釘付けできるとしたら、それは電撃しかないからだ。

 アルファが蔦を出し、オレのほうを狙ってくる。

 いや正確には、オレの背後のリンだ。

 蔦は素早く伸縮し――ヒュッとむちのように伸びた。

 反射的にオレは両手を広げ、リンの前に立ちはだかる。


「バカ! ノヴェル!!」


 バカだ。無策だ。その通りだ。

 計算じゃない。

 妹を三度も失うわけにはいかないんだ。

 でも――その蔦は、どういうわけかオレの前で止まっていた。

 いつの間にか蔦は二本。

 ベータの出した蔦が、アルファの蔦にからみついている。

 ツインズは互いに蔦を消し、つかの間睨みあう。

 どうもなんていうか――険悪だ。

 ハッとした。

 イグズスとメイヘムは――ファンゲリヲンによれば、黒い力を奪い合っていた。

 きっとこいつらも、リンを奪い合っているんじゃないか?

 チーン、とベルが鳴った。

 昇降機が着いたんだ。

 オレは振り返ってリンを突き飛ばし、無理矢理籠に乗せる。


「頼む! 逃げてくれ!」


 昇降機の格子戸越しに、リンは泣きそうな顔をしていた。


「ノヴェル! 必ず、生きて戻ってね!」


 オレは黙って頷く。

 昇降機が上がってゆくのを見送り、ツインズに向き合った。

 ツインズがまた揃って蔦を出し、お互いにそれを絡ませた。

 その瞬間を狙って、電撃がツインズを抑えつける。

 ――今だ。

 オレはその横をすり抜けてホワイトローズのほうへ向かった。

 向かいながら、砕けていた氷像の欠片かけらを拾う。

 作者の死後も、残った魔力で形を変え続ける不思議な氷像の欠片だ。

 それは、破片になってもまだ目まぐるしく形を変えている。

 ジャックは、ホワイトローズの捨てた剣を拾って戦っていた。


「ホワイトローズはオレに任せろ! ジャック! ミラ! ツインズを頼む!」


 オレは傾いた振り子のおもりに飛び乗って、スイングの勢いで飛んだ。

 ホワイトローズの背中に飛びつき、倒れ込んで床を滑る。

 オレは奴を羽交はがい絞めにした。


「早く!! ツインズを倒せ!!」


 ジャックは剣を握りなおし、ミラに目配めくばせして互いに頷く。

 案の定――ホワイトローズの傷は、例の黒い糸が修復を始めている。

 オレはそこを狙って、氷の破片を突き刺した。

 ホワイトローズはあえぐ。


「何――何これ、ちょっと、スゴくね!? 中で動いてるんだけど!?」

「うるさい! 黙れ!」




***




 ジャックとミラは走った。

 オレは床に倒れたまま、ホワイトローズを締め上げている。

 ロウとセスはツインズを集中攻撃する。

 ツインズは――電撃を逃れようと高度を下げ、床に着く。

 すると電撃が床の銅板に流れ、ツインズはやや自由を取り戻した。

 そのとき――電撃が止んだ。

 ツインズは互いに自らの手を見る。

 ジャックとミラは攻撃を中止し、ツインズの横を駆け抜けて距離をとった。


「おい! 電撃だ! 頼む! ロウ!」

「そ――それが、もう――魔力が」


 なんてこった。

 魔力切れだ。

 この作戦の前提は――ツインズを引き合わせ、互いを近づけた上で地上に固定したところで――。


「クソッ! ここまで追いつめたのに!!」


 ツインズは平然とジャックを見た。

 そして――嗤った。

 勝ち誇るように。


『ジャック君! 退くのだ!』


 そのとき、ノートンの声がした。

 突然、ツインズの二人を電撃が襲う。

 元祖・野生の電気魔術師の、強烈な交流だ。

 ほとばしるような電撃が狡猾こうかつな生き物のようにツインズを包み込む。

 ツインズは自由を奪われ――両手を床についた。

 上を見ると、振り子の腕の上部に――ノートンがしがみついていた。

 吹き抜けのずっと上階から飛びついたのか。

 ノートンはこの三階から広場の様子を見ていたんだ。


「ノートンさん!」

『今しかない!! 奴を討て!!』


 歴史上、初めて訪れた一瞬のチャンスだ。

 ツインズは揃って床の上で、ほんのひとときかも知れないが機動力を奪われている。

 奴らを守る蔦は、今一本も出ていない。

 奴らは睨んだ。

 ジャックを、ミラを、そしてオレを。


「今だ!!」


 ジャックはツインズの死角から、剣を振りかぶって飛び出した。

 途端に、オレにとっての主観的時間はゆっくりになる。

 一瞬がまるで何十秒のようにも感じる。

 ジャックを巻き込まないよう、電撃が止む。

 ジャックは踏み込んだ軸足を蹴って、両足が床から離れる。

 ツインズは腕を、まるで指揮者のように大きく振り上げた。

 床から蔦が伸び、ジャックの前に立ちはだかる。

 その蔦が――飛び込んできたジャックの腹を縦に切り裂く。

 ジャックは顔をゆがめ――剣を落とす。

 腹から、紙がバラバラと千切れて散っていた。

 あれは――あいつが防具替わりに装備していた、爺さんの宿帳――?

 エンチャントを施した最強のはずの防具。

 それがバラバラになってしまった。

 ジャックは床に落ちてバウンスし、転がった。


「ジャック!!」


 ミラが絶叫した。

 ミラは倒れたジャックに駆け寄り、抱えるようにして床を転がる。

 彼女の長い髪が、絵具をぶちまけたように大きく広がった。


「ジャック!! しっかりしろ!! 目を開けろ!!」


 ジャックは動かない。

 ホワイトローズは大声で、狂ったように嗤っていた。

 ――勝負あった。


『ジャック君!!』


 オレたちは――敗北した。

 最後の詰めで、奴の蔦が勝った。


「ジャック!! ジャック!!」


 ジャックの攻撃は、完全に読まれていたのかも知れない。

 辺り一面にページが舞い降る。

 その中をゆっくりと、ツインズ・ベータが倒れたジャックと、それに寄り添うミラに近づいてゆく。

 アルファは興味を失ったように、オレのほうを見た。

 ベータは新たな蔦を出し、ミラの背中を上から切り裂く。

 ミラのウェーブがかった長い髪が、ばっさりと舞った。

 二人の体は、ツインズの蔦によってまとめて真っ二つに切断されて――互いに崩れ落ちて――

 いない・・・


――・・?」


 その瞬間、明らかにツインズ・ベータは「――・・?」と、そう思った。

 蔦が通らなかったのだ。

 切り裂かれたのは、ミラの衣服の背中と、その長い髪のみ。

 あの宿帳さえ切り裂いた蔦が――?

 そのときだ。

 ――オレの主観時間は、完全に元の速度に戻った。

 ミラの陰から、誰かが飛び出した。

 素早い。

 両手にホワイトローズの剣を握ったそいつは――ジャックだ。

 同時にミラも動く。

 ジャックはベータに、ミラはアルファに向かって――。




***




 ツインズ・ベータは、驚いていた。

 見え見えの大振りを罠にかけて切り裂く。タイミングを図る必要すらない。

 これまでこの方法でどれだけ殺してきたか数知れない。

 今日も同じだったはずだ。

 こちらに背中を見せた、無力な相手を切り裂くのはもっと簡単だった。

 それなのになぜあの女を両断することができなかったのか、ベータには判らなかった。

 確かに切り裂いたはずの二人だ。

 どうしてその女の影から飛び出して自分に向かってくるのか――ベータには判らなかった。

 反射的に蔦を出す。

 同じことだ。

 ――だが次は念を入れる。

 ツインズ・アルファは、驚いていた。

 もう殺したはずの相手だ。とっくに興味を無くした相手だ。

 それがなぜ、背後から向かってきたのか――アルファにも判らなかった。

 だが、よい。

 ――だが次は念を入れる。

 双子は、揃って向かい来る相手を斬った。

 新たな蔦を上段に構え、相手の体の正中を真っすぐに――。

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