25.5 「これでまた●●●を殺せる」

「イエローパンケーキ。なかなか美味うまそうだよね? ウェガリアの鉱山でとれたウラニウムという物質を処理したものらしい」


 セブンスシグマは、元老・カスパーの金庫から見つけ出した資料を見ていた。


「こいつに強い衝撃を加えて圧縮したり、こいつ同士をぶつけると、ある反応が起きる。文字通り破壊的な反応だね。ウラニウムの粒子が連鎖的に崩壊を繰り返し、途方もない熱量を生み出す。つまり、新型の爆薬。対勇者の最終兵器さ」

「確証はあるのかしら」


 インターフェイスは無感動に反応する。


「実証済みさ。実験はウェガリアの廃坑――地下で行われた。彼らはこれを君たちに対して使うつもりだった。モートガルドかな。両方だろうね」


 どうだい、とセブンスシグマは資料を投げた。


「最重要の情報だ。これを手にしただけでも、そうだな、僕の功績を認めてくれる――という風にはいかないだろうか?」

「それはあのお方次第。確かに元老院から詳しい情報が得られたのはあなたの功績と言えるでしょう。でも残念ですわ」

「残念?」

「私たちは、既にある程度その情報を掴んでいましたの」

「まさか。嘘だ。強がらないでよ。いったいどこから」

「ハマトゥ」

「――議長から!?」

「ハマトゥは、あのお方に対して長年警告をしておりました。もっとも、この兵器の詳細はハマトゥにも伏されていました。彼はあのお方にくみする者であると、元老院内部でも疑いを持たれていたのです」


 ――ハース情報局長だ。奴の差し金に違いない。

 根拠はないが、セブンスシグマはそう直感した。

 ですので、とインターフェイスは言った。


「我々も、先日より内偵を行っておりました。ウェガリアのロ・アラモ鉱山です」

「誰が――」

「それはあなたにはお教えできませんわ、真実のセブンスシグマ。わたくしにはその権限がございませんの」



***



「マーカス君! どこへ行った! マーカス!」


 ノートンが呼んでいる。

 だがマーカスは一人山を下っていた。

 ――ここにはもう鼠はいない。

 たったの一匹もだ。

 彼は山を下りると、高炉近くの小屋に入った。

 そこには彼にはとても着れそうにない、大きな鎧が一式あった。

 フルメイルである。

 それを値踏みするようにじっくりと眺め、マーカスは笑いもせずに呟いた。


「――これでまた鼠を殺せる」


 マーカスには上に五人の兄がいた。

 兄達は皆からだが丈夫で、剣術や武術に秀でていた。

 マーカスは魔術については非凡な才があったが、体は虚弱であった。

 末を悲観した彼は、ある時故郷を訪れた男に連れられて旅に出た。

 鼠を求め、鼠をべる旅。

 そしてそれは、最終的に鼠を殺す旅となった。



***



 彼はモートガルドの生まれだ。

 六人兄弟の末っ子で、小さな家の外のことを彼はあまり知らなかった。

 家では親のことをよく覚えていない。

 あまり明るい少年時代を過ごした記憶もない。

 モートガルドの者なら誰でもそうだろうが、初代・・皇帝ディオニスには憧れて育った。

 尤も彼には、そのような強靭な肉体はなかった。

 生まれついての病弱な体質で、兄達は彼をかばうように皇帝の存在を隠していた。

 末っ子だった彼はある男に連れられ、旅に出た。

 旅に出て彼は変わった。

 病弱な体質と弱な体は変わらなかったが、彼はずっと強くなったのだ。



***



 彼は旅で訪れた異国の地で、初めてのハンマーを握った。

 名匠と言われる武器鍛冶屋のアトリエでだった。

 ある石匠いしだくみの名人に頼まれて製造された鉱具だったがその木工名人が他界したため行き場を失くし、アトリエの一番目立つところに飾られていたものだった。

 彼にはとてもそんなハンマーを振り回すことはできなかったが、石匠の弟子という巨人はそんな彼に鍛冶の何たるかを教えてくれた。

 舌足らずで不器用な話しぶりだった。

 巨人は野蛮で狡猾こうかつ、人間とは相容れないと言われていたが、その男とはうまくやれそうな気がした。

 弟子の名をイグズスといった。

 モートガルドの法では巨人に名前はない。だがそれでは不便だと石匠が与えた渾名あだなであった。ある国の言葉で「鋳潰いつぶす」が転じて「鋳崩いくずす」となり、それがそのまま名前になったのだ。

 イグズスは彼らの仲間になった。



***



 彼らはノートルラントという国に長く逗留とうりゅうした。

 マルケスを旅に連れ出した指導者、聖痕の男は宰相ハマトゥと共に汚れ仕事にいそしんでいるようだった。

 だが王カイザル十五世の不興を買い、モートガルド大陸へ戻った。

 マルケスはいやだった。

 生まれた国には帰りたくなかった。祖国には彼にとって知りたくないことが多すぎたのだ。



***



 マルケス達が立ち寄った街で、多数の子供が一度に行方不明になる事件があった。

 ソウィユノは怒りに任せて怪しげな笛の男を惨殺したが、男は犯人ではなかった。

 子供達をさらった悪党はいなかった。

 代わりに、救いようのない現実が姿を現した。

 子供達を連れ去ったのは、実はモートガルドの兵隊だったのだ。

 子供達は――少年兵にされていた。

 それも無理矢理に連れ去れたのではない。

 何もない街、暗い将来を悲観した子供達は自らすすんで兵役を志願したのだった。

 戦争は、閉塞しきった彼らにとって、未来の希望だった。

 たとえそれが彼らから全てを奪ってしまうかも知れないとしても、奪える可能性にけるのだ。

 マルケスは恥じた。

 モートガルドは南進を続けている。巨人の敵だ、許せぬとイグズスも言った。


「悪党はいなかったが、悪の源泉はいるのだ。我々は勇者としてディオニスを討つ」


 多勢の意見が一致した。

 だがマルケスだけは違った。


「僕は厭だ。兄達はもう戦で死んでしまった。ディオニスが死ねば、僕が王になるしかない。ディオニスは、僕の父だ」



***



 ――我々は勇者だ。

 だがあのお方の言うように、残された時間は少ない。

 我々は身をして、あの得体の知れぬ黒い力を受け入れなければならない。

 旅は無駄だった。我らには何も救えなかったのだ。何ひとつ。

 受け入れよマルケス。

 我らの友情と世界のために――。


「『受け入れよマルケス』」


 鼠駆除業者マーカス――否、生名マルケス、現ディオニス二世はそう言って鎧を手にした。


「イグズス――貴様の最後の作、我が貰い受けたぞ。死んでしまうとは少々予想外だったがな。あの者どもの力量を見誤ったのだ」


 海の戦いで沈んだと思われたディオニス二世は、鎧を失いつつも生き延びた。

 彼は指導者・スティグマに助けられ、ウェガリアに派遣されたのである。

 この地で研究されている、ある兵器の情報を奪取するために――。

 マーカスとして街に溶け込み、鉱山をくまなく調べた。

 あのノートンという男、彼の通信技術は思わぬ拾いものだった。

 パルマとの連絡を止めるために通信基地を何度も壊すことになったのは残念だったが、手伝うたびに得るものは大きかった。

 ディオニスは鎧をまとう。

 すると彼の病弱な体は完全に隠れる。

 伸び放題の髪をオールバックに撫でつけると、その髪は自力で跳ね上がりとげのようになった。

 鎧と彼の体の間を、黒い力が満たしてゆく――。


「力がみなぎる。もう我の体の一部のようだ。素晴らしい出来だぞ」


 ディオニスは身震いした。

 一騎当千の屈強な戦士のできあがりだ。

 イグズスの鎧は魔力を通さないわけではないが――鎧から彼の肉体までの間は二十センチも開いている。

 偽オーシュの体液操作も、彼には届かなかったのだ。

 偽オーシュ――オーシュのパブリックイメージに忠実な偽物を見て、誰もが本物のオーシュだと思い込んだ。

 ただ一人、彼だけがだまされなかったのである。


 ――誰だ貴様は。

 ――七勇者が一人、我が名は高潔のオーシュ。マーリーンをこちらに渡すのだ。

 ――なるほどな。うであるか。


 なぜなら彼は本物のオーシュを知っていたのだから。


「行くぞイグズス、ソウィユノ。貴様らとこの命、全ては我らが理想郷のために――」


 彼は強くなっていた。かつて故郷を捨てた頃とは比べ物にならないほどに。

 こうしてモートガルド皇帝ディオニス二世にして勇者、戴冠たいかんのメイヘムは復活を遂げた。

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