21.4 「自分のせいなのであります!」

 サイラスは所在なさげに、セブンスシグマが「害虫」と呼んだ仲間たちが動き回るのを見ていた。

 庁舎一階ホール。

 勿論サイラスは手伝うつもりで降りてきたのだが、彼らが何をしているのかを見てそんな気はすっかり失せた。

 彼らは身包みぐるがしたあとの死体を、外に運び出していたのだ。

 死体を念入りに数えて記録する者もいる。


(――二割だっけ。この場合も勇者のルールは有効なのかなぁ)


 庁舎にいた人間の二割なのだろうか。ベリル全域の市民の数だろうか。観光客も含めるのだろうか。

 ポート・フィレムの例では勇者達はかなり計画的に死者を出していた。

 聞いたところでは、海の勇者オーシュはかなり手当たり次第に殺したようだ。多い分には構わないのかも知れない。

 一体なぜ勇者は何のために一般市民を手に掛けるのだろう。そしてなぜ死者の数にこだわるのだろう。

 もしかするとそのことを訊き出すチャンスなのかも知れない。

 勇者達の本当の狙いが判れば、自ずと次の動きが読めるのではあるまいか。

 ――ノヴェルはどうしているだろう。

 サイラスはふとノヴェル達が気になった。

 セブンスシグマは「死んだよ」と言っていたがサイラスは信じていない。彼は知らないのだ。もし本当に死んだことを知っているなら、それをジャックに言うはずはない。

 サイラスもここにいなかっただろう。ジャックに肩入れするのは、ジャックとノヴェルが組んでいるからだ。


「おいガキ、邪魔だ」


 すいません、とサイラスは通路を譲り、死体を運ぶ元警備兵達を通した。

 死体の腕が見えて、思わず目を背けてしまう。


「なんだって急にこんなことをよ……。すぐ腐る時期でもねえだろ」

「来客があるんだってよ。俺達の何人かは、さっき出迎えに行ったぞ」

「くそっ。それで人手が足りねえ」


 ――来客。

 ジャックだろうかとサイラスは考えて、打ち消した。

 そうとは思えない。ジャックを懐柔する材料はまだないし、セブンスシグマは新王朝の立ち上げで忙しい。

 そちらも勿論急ピッチで進んでいる。

 あの男の本当の仲間は、あの男自身の複製達だ。何人いるのか判らない。それぞれがそれぞれに思考して動いている。

 まるで本当にセブンスシグマが沢山いるようで、不気味だった。

 


***



 皇室の護衛部隊に連れられて、オルロは再び庁舎にやってきた。

 護衛部隊の手によって並べられ、白い布を掛けられた遺体がずらりと並んでいる。

 これでもまだごく一部であるのだそうだ。


「自分はこの街の人間ではないのでありまして……」


 オルロはそう言ったが、護衛部隊長という男は丁寧に、しかし毅然きぜんと布をまくるように示した。

 どうやら勘弁してはもらえないようだ。

 渋々オルロはその遺体の傍らに膝をつき、負傷していない方の手で布を捲り――首を振った。


「――見覚えがないのであります」


 次の布を捲る。


「首がないのであります」


 上等なスーツを着たその遺体は、どうやら老人のものと思われた。

 下襟のところに付いていたバッジを無理やりむしり取った形跡がある。

 金バッジだろうか。


「元老院でありますか」


 オルロがそう尋ねると、部隊長は小さく肯首こうしゅした。

 次の布を捲る。


「――見覚えがあるのであります。おそらく塔のところに居た観光客で、自分が避難を誘導したうちの――ああ、やっぱり写真機を持っているのであります」


 次の布を捲って、オルロは絶句した。

 見覚えがあるどころではない。

 それは紛れもなく彼の上長――調査委員長、ボルキス・ミールの亡骸なきがらであった。


「ちゅ、中隊長殿――ではなく、自分の、上長であります」

「名は」

「ボ――ボルキス・ミール氏で――あります。確かに昨日の午後、元老院に呼び出されて庁舎へ――こんな――」


 夜になってもボルキスと連絡が取れず、オルロは心を砕いていたのだ。

 ボルキスに限って無茶をして命を落とすようなことはないと自分に言い聞かせていたのだが――。

 更に布を捲ると、胸のところに抉られたような鋭い穴が見えた。


「こ、これは銃創――でありますか? と、となると――!」


 あの男だ。


「あの男、あの、車椅子の男なのであります! 自分が、一ちょうだけ借りた狙撃銃を持って――自分が、自分があの男を中に入れたりしなければ、委員長殿は――!」


 オルロは苦渋に満ちた声を漏らし、地面を叩いた。

 護衛部隊長が無言でオルロの肩に手を置いたが、オルロはそれを払いのける。


「自分のせいなのであります! あの男がこんなことをするとは思わなかった! 悪党ではないと思ったのに! 一時とはいえ、自分は、あの男と――!」


 護衛隊長は溜息をくと、やはり無言で隣の遺体の傍へ行った。

 オルロの顔を見ながら、その布を捲る。

 オルロはその遺体の顔を見た。

 そして今度こそ本当に絶句した。


「――」

「名は」

「――そん」

「同一人物か?」

「な」

「この男は誰だ」

「この」


 オルロは混乱していた。

 ふらふらと立ち上がる姿は昨日ドラグーンと戦い、地面を引きられたり叩き落されたりして満身創痍で搬送されたときよりも遥かに酷かった。

 よたよたと寄って来て、何度もその遺体の顔を見た。

 見比べるまでもない。

 その遺体は、さっきの遺体と同じであった。


「ボルキス、ボルキス・ミール、その人であります――」

「次はすこし難しいかも知れないぞ」


 部隊長は次の布を捲る。

 強い衝撃を受けたのか、その死体は空気を抜いた袋のように平べったくなっていた。

 重度の火傷もあったが、頭部は辛うじて無事だ。


「ボ――ボルキス・ミール、であると、思われます――」

「ミール氏に兄弟は居たか」

「き……聞いたことはないのであります。あの人は、ご自分のことをあまり話されなくて――」


 ふむ、と隊長は関心なさそうに頷いて、ボルキスの遺体の口を開けた。

 死後硬直で顎は殆ど開かない。


「右の犬歯に虫歯痕。虫歯までどれも同じだ。兄弟じゃない。我々は、これを同一人物と見る」


 オルロにはその言葉の意味がよく判らなかった。


「判らないのであります。何が起きたのでありますか。なぜ委員長殿は殺されたのでありますか」


 そうか君は昨夜治療を受けていたのだな、と部隊長は一人で何かを納得し、我々もそれが知りたい、と呟いた。

 やがて顔を上げ、「二つだけ確実に言えることがある」とオルロを見据えた。


「一つはミール氏は全員・・死んだのではないということ」


 そしてそびえ立つ古い庁舎を見上げた。


「もう一つは何かが起きた・・・のではなく、何かが起きている・・・・・ということだ」


 やはり――もう誰も笑わなかった。

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