20.4 「歴史はこの二つを求めているんだ。片方だけなのは不幸だ」

「――長らくお待たせいたしました。今宵こよいの主賓がお見えになります」


 セブンスシグマが戻って来た。

 椅子に縛り付けられたままのサイラスとミーシャは、半ば観念しつつあった。

 害意はないとの勇者の言葉に一縷いちるの望みを賭けるしかない。この男は嘘をくようなタイプではないとも見えるが、同じくらい適当に何でも口走ってしまうタイプとも思えた。

 テーブルのグラスに注がれた液体は、アルコールだろうか。

 結局酒類販売許可証を更新することはできなかった。

 その時、大会議室の両開きの扉が乱暴に開かれた。

 車椅子の騎士――ジャックだ。

 ジャックは既に狙撃銃を構えており、警告なしで立っていたセブンスシグマを撃った。

 セブンスシグマの脇腹に血煙が上がり、サイラスの顔に血飛沫がかかる。

 サイラスは顔をしかめ、イヤイヤをするように首から上を振った。

 ミーシャが叫ぶ。


「ジャックさん!!」

「招かれざる客だ。主賓じゃなくて悪かったな」

「いいえ、主賓です。ジャック君、君のことだよ?」


 背後から声がした。気が付くと車椅子が静かに進んでいる。

 全く継ぎ目を感じさせないスムースさで、セブンスシグマは後ろからジャックの車椅子を押していた。

「な――」とジャックは絶句し混乱する。

 撃ったはずの相手が背後に現れたことにも、主賓だと名指しされたことにもだ。

 背後に立たれてしまってはもう狙撃銃で狙うことはできない。


「ドラグーンのショウは気に入って貰えたみたいでよかったよ。外も中も臣民で一杯だ。本物の王の即位を祝うのにまさに最高――そう思うでしょ?」


 その言葉にジャックは薄ら寒いものを感じた。 


「まさかお前――そのためにドラグーンどもを放ってここを封鎖したっていうんじゃないだろうな」


 セブンスシグマはイエスともノーとも答えず、代わりに珍しく沈黙した。

 確かにドラグーンの動きは少し不自然だと思った。

 最初はそう思わなかったのだが、竜ら自身の航続時間を考えると余りにも長時間上を旋回し過ぎている。


あかつきに竜のこえが響いて――とはならなかったけど、ドラグーンが頭の上を飛び越えて臣民らを起こしたんだよ。もっとも、誰かさんたちが頑張り過ぎて随分数も減っちゃったみたいだけどね」


『暁に竜の聲が響き大地が呼び覚まされた』

『我ら大地の子は天空を仰ぎ見て、偉大なる一王の星光を指差す』


「旧ノートルラント建国伝説か。二つの星が一つになって王様がどうこうっていう」

「それそれ。君はブリタシアの生まれだろう? よく知ってるね。二つの星は始皇帝と妃っていう説もあるけど、マルスとヴェナス、二つの惑星とも言われている」


 セブンスシグマは椅子を退けて、ジャックをテーブルに着かせた。

 かたわらの床では口から血を流したセブンスシグマの死体が恨めしそうに見開いた眼をこちらに向けており、ジャックは目を逸らした。

 セブンスシグマは自分の死体には全く興味がないようで、まるでそこにないかのように無視した。


「ところで今日は何の席だ。いや、招待状がなくてね」

「言ったでしょぉ? 僕が王に即位する、そのささやかな前祝いだよ。ノヴェル君とミラ君がいないのが残念。サイラス君とミーシャちゃんは彼らの代理だ」


 お前が王? 肩書が多すぎるんじゃねえか? とジャックは素知らぬ顔をした。


「勇者なんか辞めとけ。王ってがらでもない。ダンサーに転職したらどうだ? そこのサイラスの父ちゃんが雇ってくれる」

「あはは、光栄、光栄。そしたら僕はあのマーリーンの後輩だ」

「――何か知ってそうな口ぶりだな。勿体もったいつけるなよ。お前はいったい、何者だ」

「君には話してなかったかなぁ。僕もあのとき、ポート・フィレムにいた。僕もゴアには殺されかけたクチだよ。それ以来、元老院の命令で君達を追っていたんだ。調査委員としてね」

「ご苦労なことだな」


 ああ! まったく! とセブンスシグマはテーブルのグラスを取った。


「最初は僕も、何をやらされているのかよく判っていなかった。仕事だからね。でも君達を調べるうちに、が何者で、何をするべきか思い出してきたんだ」

「お前? 俺じゃなくてお前?」


 そう! とセブンスシグマは膝を叩いて笑う。


「だから今夜は人生最高の夜だ! 友人も、臣民も、僕の即位を祝ってこうして駆け付けてくれた!」

「尊大な奴に乾杯――の前におい、二人の縄をほどいてやれよ。乾杯できねえだろ」


 セブンスシグマは指を立て、「チッチッ」と笑った。


「もうその手には乗らない。未成年はだめさ。これは僕の治世でも同じ。それに乾杯の前に君に礼を述べたくてね。だから来てもらった」


 ジャックは肩をすくめた。


「今の話の続きだけど、一万時間の法則――おっと、これはもう言ったっけ? 一万時間どころじゃない。これまでの人生で、僕はずっと王であり、王でなかった。本当の自分だったことは一度もなかったんだ」

「ああ――長くなるか? 子供たちをお家に帰す時間なんだが」


 セブンスシグマはサイラスの後ろにゆき、彼の顔にへばりついた返り血を拭いた。


「サイラス君、帰りたいかい? でもお父さんは嫌いだろう? 僕もだ。父は長命だった。王位を退しりぞいた後も妾腹しょうふくの僕を頑なに後継ぎにしはしてくれなかったからね」

「その頃にはもう初代民王がいたろ」

「そう。パルマから来た愚か者だ。あ、法的には大きな問題はないよ。『王が不在の場合に民王を選べる』ってのが原義だからね」

「そうだとして一度絶えたことになってる血統をどう証明する?」


 実力だよ、とセブンスシグマは事も無げに言った。


「僕の力があれば誰もが僕を王だと認める。冠を奪う手もあるけど、そんなものは飾りだ。愚か者が王になる時代は終わるんだよ。歴史の静脈を通って、人は本当の時代にかえる」


 そんなに上手くいくもんかね、とジャックは首を傾げる。


「勇者で王? 無茶だ」

「民衆は勇者の力が大好きだ。君も肌で感じている通り」

「それは勇者が王じゃないからだ。勇者は政治に関わらないんだろう? なぜか? 兼ねようがねえのさ。水と油。光と影。二つは一つにならない」


 絶対に、とジャックは言い切ってグラスの酒を一口飲み、「んまい」と言った。


「へぇ、さすがに詳しいじゃないか。でもそれはもう過去のことだよ。僕が全てを変えて見せる」

「確かにお前の力は、なんだ、よくわからねえが何でもできそうだ。だがそれはお前が賢王けんおうだからじゃねえ。勇者だからだ。そのためにお前は何を犠牲にした? ベリルを犠牲にしたお前を、誰が王だなんて認めるんだ?」

「いやあ、君はリアリストだね。でも王はただの為政者いせいしゃじゃない。民のために夢を見る者さ。そんな君にだって夢があるはずだ。ずっと君を追っていた僕には解るんだぞ?」

「ふざけるな。お前に俺の何が解る」

「解るさ。君の手腕は見事だった。皮肉じゃないよ? 君を追う時間を、僕は本当に気に入っていたんだ。君を心底うらやましいと思った」


 友達もそう思うだろ? とセブンスシグマはサイラスとミーシャを見る。


「仲間を信じて、危機を乗り越え、海で冒険して……まぁ痛い思いもしたけど、僕も入院したしそこはお互い様ってことで」

「……だからどうした。そんなのは仕方なくやったことだ。望んでやったことは一個も――」


 違うね、とセブンスシグマが強い口調で遮ると、ジャックはすっと引いた。


「確かに君はリアリストでアウトロー。追われる身で追う者さ。でも根っこのところでヒューマニストだ。君は友達を裏切れない。そう君自身に信念があるからだ。今日、今ここにいることが何よりの証拠だ。君が来てくれて、僕は嬉しい。本当にね。君に勝てるからじゃない。君が僕に勝つからだ」

「何が言いたい」

「何が言いたいか? 僕は君に賭けたんだ。君はここに来るとね。ドラグーンを倒し壁をよじ登ってでも、僕を殺し、友達を助けに来る、と」

「自分が負けるほうに賭けたのか」

「そう。それが僕のやり方だよ。君を追うのは楽しかった。あの老人共に邪魔さえされなければね。ああ、本当にあの老人共は最悪だった」


 乾杯前に、セブンスシグマは手にしたグラスを一口飲んだ。


「――とにかく、君は僕にないものをすべて持っている。リアル、自分の人生を。友達を。信頼を。そして夢だ。王になるのに絶対に必要な資質、夢が、僕にはいんだ。勇者になるために僕は人生を差し出し、王になるビジョンを捧げたのに、王になっても夢がなければ、僕は空っぽのままだ。解るかい?」

「お前、飲むと泣くタイプだろ。そういう奴と飲みたくねえ」


 帰るわ、とジャックは冷たく言う。


「待ってくれ。本題だ。僕は君にないものをすべて持っている。力だ。そしてこれから国と金、つまり正義を手にする」

「羨ましい限りだな。勇者様、王様だ。帰ろうぜ、サイラス、ミーシャ」

「待て。ここだけの話、勇者なんて腰掛の身分だ。あ、あの方には秘密だよ? 僕は本物の王になる。だから――」

「お前の代わりに夢を見ろ・・・・とでもいうのかよ」


 ジャックが顔も見ずにそういうと、セブンスシグマは驚いたような顔で停止した。


「――そうだよ・・・・。解ってるじゃないか。僕には君が必要だ。力ある者、夢を見る者、歴史はこの二つを求めているんだ。片方だけなのは不幸だ」


 ジャックは溜息をついた。


「まったく、どいつもこいつも――何だって言うんだよ。俺を買いかぶり過ぎだ。夢? そんな大層なものじゃねえ。いいか、俺の目的は復讐だよ。お前とそう変わりゃしねえ」


 セブンスシグマは、驚いた顔を更に歪め――笑ったような、怒ったような顔になった。


「復――讐? そのためだけに、あんなことを――?」

「そうだよ。薄っぺらい理由だよ。だがそれくらいでいいんだ。俺が失敗して死んだって、この世は何にも損しねえ。うの昔に終わってる話なんだからな。それが人に自慢できるような夢か?」

「――嘘、だよね?」


 本当だ、と言いながらジャックは車椅子を引いた。

 テーブルを回り込んで、サイラスとミーシャの縄を解く。

 セブンスシグマは動けなかった。


「パーティーはお開きか? 俺達は退散ドロンさせてもらうぜ。明日もあることだしな」

「待て、待ってくれ! ここに残るんだ! ――それでもいい。君の夢を叶えたら、僕の代わりに夢を見てくれ。君はやれる。いや、やるしかないはずだ」

「できない相談だ。俺の夢が叶ったときお前は地獄行きだ」

「考えてくれ、ジャック君! リアリストなら損得勘定ができるだろう? 僕たちは組める!」


 ジャックは大会議室の扉を開けた。

 サイラスとミーシャは転びつつ、脱兎だっとの勢いでその扉から出て行った。


「――ジャック君。諦めないぞ。君には僕の力が必要になるんだ」


 ジャックは後ろ向きに手を振った。


「僕は王だ。新王朝を樹立し、シドニア一世となる。君を必ず引き入れるが――できれば君から来てほしい」


 君は知らないだろうが――とつぶやきながら、一人残されたセブンスシグマはグラスをあおった。


「いつだって世界はそうして動いてるんだぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る