12.4 「医師の見解ではありますが、わたくしからお伝えしましょう」

 危ないところでオレ達は救助された。

 霧の船団と、新型の海底探査船――。

 皇女様のそれが現れ、高潔のオーシュは一旦退散したらしい。

 オレは皇女様に会ったあの船の小さな船室をひとつ宛がわれ、お沙汰の下るのを待っている。

 ジャックは行方不明のままだ。

 ミラの意識も戻らない。

 ノートンは意識が戻ってすぐ職務に復帰して、皇女様へ報告を行っている。

 テーブルの上に置いたままの潰れた眼鏡を見て、惨憺さんたんたるものだろうな、と思った。

 任務って結局なんだったっけ? と思うような有様だし、被害は甚大だ。

 そこへ、皇女様が現れた。

 こ、皇女様!? このようなところへ――。

 と言おうとしたのだが、声が出なかった。

 まぁ、それでよかった。船の持ち主を相手に「こんなところ」呼ばわりもなかった。

 船室を使わせてもらえるだけ、客人扱いだろうし。

 皇女様率いる霧の船団は、オレ達が首都を離れた二日後にはオレ達を追って出たのだそうだ。あの新型船の実験を口実にしたようだ。

 切っ掛けは帝国北部の争乱で、ディオニスが動くことを予想した皇女様は、密談を設ける機会がありそうだと踏んだからだった。

 実際のところ、でーんと構えていられるほどオレ達に信用がなかったのじゃないかと邪推するが、皇女様は決してそうは仰らないだろう。

 何も皇女様まで――とは思うが、皇女様なしでは霧の船団を動かせないらしい。


「ノヴェル、この度は……なんとお声をかけたらよいか」


 沈痛そうな面持ちで、皇女様は俯いた。

 こちらへ、と誘われ、オレは廊下に出て姫君について行った。

 なんとお声をかけたらよいか、と仰る皇女様に、オレはなんと答えただろう。

 思い出せない。

 もしかして、オレは何も答えなかったのではないか。



***



 そこは医務室――というには大掛かりな部屋だった。

 大きな、透明度の高いガラス窓の向こうのベッドには、管やら計器やらを沢山取り付けた、見覚えのある男が横たわっていた。

 ――ジャックだ。


「救助から六時間が経ちますが、未だに目を覚ましません」


 オレが救助されて四時間ほど経つ。

 つまり、オレ達があのコンテナで目覚める少し前くらいに、ジャックはもう救助されていたのか。

 まぁ、あいつは寝るときは十時間以上寝てるようなタイプだし、六時間くらいどうってことないよな。前の日も寝不足だったじゃないか。

 そう言おうと思ったのに、やはり言葉が出なかった。

 四時間。

 四時間の間、もしやオレは一言も口を利いていないのではないか?


「外傷は六十か所。骨も十二本折れています。水も大量に飲んで、どれくらい溺れていたのかはわかりません。命があったのは、偏にジャックの、強い生命力、執念が故でありましょう」


 皇女様。なぜ皇女様が、そんなことを直接オレに――?


「――医師の見解ではありますが、わたくしからお伝えしましょう。ジャックは、このまま目覚めない可能性があります」


 ――。


「ミラ様も意識が戻りません。外傷がなく、肺に水もないため処置がありませんでした。今は潜水艇の加圧室で、酸素を供給してお休みなさっています。軽傷の海賊の皆さまと一緒です」


 ミラのことも話したいのだが、口が動かない。

 皇女様から見たらオレは曖昧に頷いているだけじゃないのか?

 海賊の生存者は五十五名。うち重傷者二十五名。

 モートガルド海軍の生存者は二十名。全員がザリア人で、意識がある。これは、オレ達を助ける前に助けたぶんも含んでる。ダイムラー船長の元、別の船で治療中だ。

 ランボルギーニ、皇帝ディオニスは行方不明。

 デルタのみ、ノートンと共に報告を行っている。

 ノートンさんは――オレはノートンと話したいと思った。



***



 ノートンは船内の各所への報告後、オレと皇女様のところへ来た。

 謁見室ではなく、食堂のテーブルだ。

 オレは、彼に潰れた眼鏡を渡した。

 ノートンはそれをクルクル回して、色んな角度から見ながら暫く笑っていたが、皇女様が「新品を手配します」というので恐縮した。


「それで、我々を助けたあの船ですが、あれが試験中の」

「さようです。深海探査船・キュリオスです」


 巨大な黒い鮫、いや、鯨のようなフォルム。

 飛び出た長い二本の腕。

 ――オーシュ。

 深海探査船のフォルムは、あの勇者を連想させた。


「現在もこの船団に同行しています」

「まさかとは思いますが……あの船でオーシュと戦うおつもりでは」


 皇女様は毅然と否定した。


「そのような無謀を企図きとするものではありません。キュリオスは探査船。兵装はないのです」

「たしか、あのアームは機械と魔術のハイブリッド。魔力を伝えるのではありませんか」


 鬼子おにごです、と姫様は表情を曇らせる。

 ノートンは興味津々のようだが、必ずしも所有者の本意ではないらしい。


「水魔術を媒介して、チューブ内の水を加速するような推進装置を見たことがあるか。原理はあれとほぼ同じだ」


 カナル島に行くのに乗った、漁業組合の小型艇のあれだ。


「オーシュのように、知恵のある相手と戦うのには使えません」


 ならなぜ試験中の深海探査艇を持ち出したりしたのだろうかとは思う。

 思っているだけでずっと黙っているオレを見て、ノートンは言った。


「ノヴェル君。もう海の中から出たのだし、喋ってもいいのではないかな」

「――ああ、そうか」


 そうか、と思うとスッと声が出た。


「いやもう、口を利けずにあんたとジェスチャーで会話してたろ。そのせいでなんか、体が」

「私はミラ君を見捨てようとしたのではないよ。私が預かるから先に上がれと言ったんだ」

「わかんねえよ、こんな・・・とかこんな・・・じゃ」

「私はそんな動きをしていない。こう・・こう・・ってジェスチャーで示しただろう?」


 オレ達が海の中を思い出して、うろ覚えのジェスチャーを再現していると、横で皇女様がくすくすと笑いだした。


「あら失礼を……。わたくしはてっきり、ノヴェルが精神的なショックで失語症になってしまったのかと」

「畏れながら皇女陛下。この少年はそこまで繊細にはできていません。なにせあの状況で、コンテナからご禁制品の」

「やめてくれその話は! あれは郷里の友人への土産だから!」

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