7.3 「いずれかに勇者がいます」

 この国の人間なら誰でも知っている通り、パルマとノートルラントは元々二つの国だった。

 パルマの皇室は現在も受け継がれているが、政治の表舞台にはない。

 しかしながら、外交、魔術研究、技術開発においてはかなり強い発言権があるらしい。

 早い話、出資者であるわけだ。

 一方、軍事・国防についてはノートルラント民王とその裏の元老院が支配的で、皇室には一切発言権がないらしい。

 ノートンはほとんど唯一、民王部国防情報局で皇室側の人間らしい。


「バカバカしい。軍事だなんだ言ったって、その魔術や兵器の研究が皇室側なんだろう? おかしいだろそんな立て付けは」


 ジャックはそんな社会派気取りの散髪屋の親父みたいなことを言って皇女様を困らせていたので、オレとノートンで袋叩きにしてやろうかと思った。

 まぁ実際、言われてみればおかしい。

 でもそんなのは言われなきゃ気付かない。だってずっとそうなんだから。

 そんなチグハグな話は、この国の隅から隅までに星の数ほどある。


「力を作る者と使う者を分けるのは、別段おかしい話ではないよ。権力の暴走を防ぐには……」

「だから一体いつ暴走したんだよ? そもそも暴走ってなんだ。力が勝手に暴走するみたいに言うけどな、それをするのは官僚さん、あんた達じゃないのか。力を使う段になってそんなこと言ってる暇あるのか」

「そんなものは極論だよ。ノヴェル君、この男はいつもこうか」

「まぁ、だいたいは」


 その力を使う段、か。

 ジャックの言ってるのは極論だが、今その極端が起ころうとしている。

 海を隔てたモートガルド帝国とノートルラント民王が、戦争を起こそうとしているのだそうだ。

 狙いは皇室転覆。

 皇室を根絶して嬉しいのは民王部、元老院他、ノートルラント民王派のみだ。

 モートガルド帝国の狙いは不明ながら、おそらく大陸西岸の旧ザリア国を侵略した際に、パルマ皇室がザリア側に肩入れしたことに関係しそうだとノートンが話した。

 皇帝は相当根に持つタイプらしい。

 ザリアの降伏後、ザリアを足掛かりに海軍を作り、パルマ皇室を無力化すれば、モートガルドはこちらの大陸を攻めることすら可能になる――のかも知れない。皇帝が海軍を作ったのはマジらしいから絵空事とは言わないが、大海を超えて戦争なんて現実感がない。

 それにしたって今更何を口実に戦争なんか――。


「――海賊、だと」

「モートガルドの差し金で海賊を動かし、民王派は国防の名目で戦争を起こすつもりでおります」

「確かなのかい、姫さん」

「はい」


 困ったなぁとジャックは言った。

 パトロンだもんな。そりゃお前は困るだろうさ。


「そんなことになったら困るから、なんとかしてやりたいのは嘘じゃねえけど、俺達は勇者で手一杯だし……なぁ? そもそも戦争を止めるなんてどうやったらそんなことが」

「ジャック、これはあなたにも有益なはずです」

「と、仰いますと?」

「敵――いえ、モートガルドか、民王派のいずれかに、勇者がいます」


 ――なんだって。

 ジャックも唖然としていた。


「……どうしてそんなことがわかるんだい」

「それについては私から。ウチは情報局ですからね。元老院にも我々にくみする者がいまして。正確には元老会ですが、ゴア殺害の容疑者を捜索する上で、不穏な動きがあったと」

「ああ、どうも元老院は俺達を目の仇にしてるみたいだ」

「ゴアの死体を引き渡そうとしたり、容疑者――まぁあなた達ですが、これも引き渡し対象になっています」

「それについちゃキナくせぇ話があるぜ。マーリーンの引き渡しに、モートガルドと海賊、インスマウスの漁業組合が絡んでた。今、俺の仲間が海賊を内偵中だ」


 ジャックの話を受けて、ノートンと皇女様は顔を見合わせる。

 オレは、なんだか妙な感じがして口を挟んだ。


「待ってくれ。その元老院も、モートガルドもだけど、単に勇者を恐れてのことじゃないのか?」

「まぁ、そういう見方もある。交渉のためにカードを増やそうとしたともとれるし、単に媚び売ったともいえる。同じことだ」

「同じ? ほんとに……?」


 ノートンが咳ばらいをした。


「ジャック君、ノヴェル君。君達の言うこともわかるが、情報分析はウチの専門だ。ここでは説明しきれないこともある。この危機に勇者が絡んでいる可能性は非常に高い」

「そうか? 国家間の紛争に、勇者が出張でばってきたことはないはずだぞ」

「表向きはそうだ」


 含みを持たせたノートンの言い方に、ジャックは不機嫌そうになったが、すぐに考えを巡らせ始めた。


「――まぁ、奴らが、こんなおいしい話を放っておくとは……思えないな。いいだろう。ここは官僚様の脳みそを信じる。だがもう少し情報が欲しい」

「ジャック君、それに関してはまだ」

「出し惜しみは無しだ。俺達はスーパーヒーローじゃない。今俺達がこうして陛下とクルージングを楽しめているのも、勇者達に素性がバレてないお陰だ。相手の情報もなく、のこのこと姿を出すわけにはいかない」

「わかる。だが、不確実な情報は渡せない」

「頼む。こっちは命がかかってるんだ」


 それは――その通りだろう。

 無策のまま一方的に素性を晒すことになったら、それは勇者に報復を受けることを意味する。

 逃れられない死だ。

 少し考えてノートンは言った。


「……いいだろう。だが忘れるな。これはかなりあやふやな情報だ。私なら信用しない」

「かまわないさ」


 情報――その点についてはオレもこの官僚たちに感謝しなきゃいけない。

 サイラスとミーシャと合流してゴアに襲われた時、素早く正しい行動ができたのは勇者の犠牲者が二割という情報をくれていたからだ。

 もしあの言葉がなかったら、オレだけで二人を説得できず、最悪全員ゴアに殺されていたかも知れない。

 情報を得たからこそ、力で劣るオレ達が紙一重の差で勝った。


「高潔のオーシュだ」

「海だからな。確実なんじゃないか?」

「いや、高潔のオーシュの目撃例は少ない。ここ五、六年は皆無で、情報もないんだ」

「俺にはもう少しある。水の魔術に長け、潜水が得意。インスマウス出身。像も見た。俺の従兄に似てる。好物はたぶんイカだろうな」

「……わかった。こっちで出来る限りの情報をやる」


 ジャックが掌を向けてきたので、オレはハイタッチした。


「で。どうやるんだい。どうすりゃ戦争を回避できる」


 これを、と皇女様が差し出したのは一封の封筒だ。


「親書です。皇室の封蝋ふうろうとサインがしてあります。内容については明かせませんが、これを皇帝が読めば、確実に紛争を回避できるはずです」

「驚きのマジックアイテムだな」


 ジャックが皇女様の目を見る。

 ノートンがそれを制した。


「おっと、陛下のお考えを読もうだなどと不敬な真似はするなよ」

「生憎だが俺はそういうのが苦手でね」

「これを皇帝ディオニス三世に届けてください。船をご用意します」

「そんなに簡単に行くのかい。いくら皇室の使いだからって、皇帝が予定にもない訪問を受け入れるかどうか――」

「もちろん隠密だ。民王派を刺激しかねないからな。正規の訪問であれば牽制けんせいになるのだが」

「無茶いうな。裏口から忍び込むのと違うんだぞ」

「先日、沿岸を襲った海賊がいる。海賊クライスラーだ。彼らはこれからディオニス三世に謁見えっけんする。それが一つ目のチャンスだ」


 海賊クライスラー。予定通りにいけば、今頃ミラが勇者の指導者に関する秘密を握っているはずだ。

 手はもう一つある、とノートンは説明した。


「ほかの手段は民王の使いに扮することだ。これは正面突破だから、あくまでクライスラーが使えない場合だ。私が協力しよう。私のほうが、海賊などよりは信用できると思うがね」

「クライスラーの船には仲間が乗ってる。帝国の港で落ち合えれば、俺達にとっちゃ文字通り渡りに船だ」

「心強いです。あなた様が味方でよかったと思います、ジャック」


 止してくれよ姫様、とジャックは顔を伏せた。


「たまたま目的が一致しただけだ。俺達の目的は勇者。そしてミラの回収。それだけだ。なぁノヴェル」

「ノヴェル様、あなた様にもお願いいたします。マーリーンへのご恩にも報いぬまま、このような労を委ねるわたくしの無力を責めてくださいますよう」

「よ、およしください、皇女様、それからオレのことは、ノヴェルと」

「そのようなことは」

「――ジャックと同じに」


 皇女様は屈託なく微笑んだ。


「はい、ノヴェル」


 こうしてオレ達は船出することになった。

 皇女様プレゼンツ、偽装商船で行くならず者国家の旅、ゼロ泊十三日だ。

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