1.1 「名もない町人として勇者様を労いたいもんだよ」
ポート・フィレムの街は人口三万人。
十五万、三十万、五十万人の大都市もある中で、人口だけ見ればここは小都市だ。
田舎だと思って船を降りた者は、大抵その港の活気に驚く。
港に通じる目抜き通りは昼間でも行商人、旅人、冒険者の
東に海、南北と西の三方をぐるりと壁で囲われたその貿易都市は、よその都市よりだいぶ狭く、密度が高い。
城こそないが、街の丘に立った巨大な
元々は先住民の小さな町だったという。湾があれば港ができ、港ができれば無理やりにでも街ができる。
そばに広がる森が火の神フィレムの名を
物流の
それがポート・フィレムの街だ。
そしてここは隠れて住むのに丁度よい。
例えば
西の門から続く市場通り。その石畳を行き交う荷馬車の音が飛び込む広場。
広場は、市民らの
このところ目立つのは、日に日に増えてゆく冒険者たちの姿だ。
ゴブリン襲撃の噂が流れたのは、もうひと月近くも前だ。そこから荒くれ者たちが集まりだしたのを皮切りに、今やどうみても駆け出しの若者まで街で見かけるようになった。
臨時に立てられた追加の掲示板には、収まりきらないほどの新聞が張り付けられている。
「魔物ったって、ゴブリン程度のもんだろ」
「衛兵が捕まえた何匹かは、武装してたって話だ」
「でもそれってもう何週間も前の話だろ。また何も起きねえんじゃねえか?」
そこへ「通せ。元老会の通達だ」と二頭の馬が、人垣を分けて広場の中心へとやってきた。
従者がボードの公示をあらかた
市民らが「おおっ」と歓声を上げる。
「七勇者、来る」
見出しにはそう書いてあった。広場に集まった者たちを夢中にさせるにはそれだけで十分。
彼らは皆両手を挙げ、手に
「七勇者、来る」と書いた紙は沢山}
***
このとき誰も、広場の脇の市場から、人目を
二人は古めかしい、時代遅れのローブで身を隠し、そのうちの一人――十代と
「……勇者、勇者だって? あいつら、それで浮かれてるのか」
すぐ横で、やはり古めかしいローブの老人が苦々しく言う。
「無駄だな。バーキンズの第二法則といったかの。役人の浪費を研究した学者がおってな」
「その話はもう飽きたよ。それより勇者だって!」
「顔を上げるな、孫よ。嵐の過ぎるまで、往来で悪目立ちするでない」
老人の顔には、深い
「嵐といったって爺さん、こればっかりは黙って通り過ぎるものじゃないだろう? 何せゴブリンだ。それがこの街に攻めて来るってなら、大人しく税関を通って東へ出荷ってわけにはいかないだろう」
「そうだな。だがわしらには何もできん。こうして隠れて暮らすことだけが、お国のためになるのだ」
「へいへい。勇者様ご一行に任せよってか」
「……」
老人が無言で歩きだしたのを後ろから眺め、少年はやや鼻白んだ面持ちでため息を
「せめて、こう、なんだ? 名もない町人として、勇者様を
周囲を森と海で囲まれたこの街は、玄関口でありながらいわば陸の孤島。
船旅を終えた者、船を待つ者、そうした旅人を相手に、この街では宿屋の商売が発達していた。
少年と老人は、そうした宿屋のひとつに身を寄せる、いち市民に過ぎなかった。
もっとも、そこらの勤勉な市民を捕まえて聞いてみれば、この二人が真面目な市民ではないことはすぐに知れるだろう。
人種、職業の多種多様なこの都市にあって、彼らは尚、はみ出し者であった。
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