第321話

「──ッハン! 上等だ──向こうは戦う気満々の様だな」


 そこには、真っ赤なマントを来て赤い髪と赤い目を持つヘラデスが居た。


 常に自信に溢れている表情は、流石遠距離隊隊長である。


 そんなヘラデスは部下である人間族と奴隷である、オーガ族とゴブリン族を連れてエルフ族の村のすぐ近くで陣を張っていた。


 そして、今はエルフ達に降伏する様にと部下数人をお使いに出した。


 その様子を腕を組みながらジッと眺めているヘラデスであったが、一人を残して仲間達が弓矢を受けて倒れる所を見てニヤリと笑っていた。


「戦う意志を見せてくれて私は嬉しいぜ──これで降参でもされたら、折角こんな場所まで来た意味がねぇッ」


 そんなヘラデスを部下と奴隷達は黙って見守る。


 そして、その部下の中にマーズとリンクスの姿も見える。


「マーズよ、心が湧き上がるな」


 リンクスは前哨戦が楽しみなのか、戦う前から興奮している様子だ。


「リンクス様、少しは落ち着いて下さい」


 落ち着きの無いリンクスを宥めるマーズ。


 何故この二人がここにいるのか。


 それは、リンクスが少しでも愛しのヘラデスに良い所を見せる為に兵士側で参加したのである。


 そして、それに当然の様に巻き込まれるマーズ。


──アトスさん達は大丈夫ですかね……


 マーズは元々エルフとドワーフ達とは戦う気が無いが心配になり、リンクスの後に付いて来た様だ。



──いくら、アトスさん達がエルフやドワーフ側に居るとは言え、こちらには……


 チラリと視線だけを動かしマーズはヘラデスの方を向く。


──直接戦う所を見た事は無いが、聞く噂はどれも信じられないモノばかりだ……


 ヘラデスの武勇伝は部隊総隊長と比べても遜色の無いモノばかりである。


 そんなヘラデスの元に、使者として出向いていた部下が走って近付いて来る。


「へ、ヘラデス様──も、申し訳ありません! 仲間が全員やられました……アイツらに投降する意志はございません!」


 慌てて、逃げ帰ったのであろう、ヘラデスの部下はゼェゼェと肩で息をしながら報告をしている。


「ご苦労──ここから全て見ていた」


 すると、ヘラデスが部下と奴隷の方に赤いマントを翻しながら向く。


「お前ら! 聞いていたと思うが、向こうは戦う気だぜぇ?」


 好戦的な笑みを向けるヘラデスに部下や戦闘が好きなオーガ族は声を荒らげる。


「ハンッ! 良い声出すじゃねぇーか。だがもっと声が出るはずだぜぇ?」


 すると、ヘラデスの期待に応えようと、次は更に大きな声を上げる。


 きっと、その声はアトス達の所まで響いているだろう。


「よしよし、その意気だ。もう少し経てば日が完全に上がる」


 今は、朝方であり空にはやっと陽が顔を出し始めた頃ではあるが、その少しの光では周りの木々が全て遮ってしまうのである。


「陽が登ったら私が一発どデカいのを撃ち込むから、お前達は、それと同時に一斉に攻め落とせ!」

「「「「「「「「おう!」」」」」」」」


 良い返事に納得したのか、ニヤリと笑みを浮かべたまま、一度大きく頷き、再度エルフの村の方を向く。


 そして、部下と奴隷達はそれぞれの持ち場に移動する。


「流石、私のヘラデス殿だ……改めて惚れ直した……」


 リンクスはヘラデスの容姿と言い、態度、強さ全てに置いて惚れ込んでいる様子だ。


 そんなリンクスを隣で呆れた表情で見ているマーズ。


「さぁリンクス様、我々も持ち場に付きますよ」

「ふむ。どれ、私がヘラデス殿に良い所を見せる為にも頑張らねば!」


 気合を入れ直す様に服の乱れを直すリンクス。


「それで、私が活躍する予定の持ち場とはどこだ?」

「こちらになります」


 マーズの案内にリンクスは後をついて行く。

 そして、軍の後方へどんどん歩いて行く。


「ん? マーズよ、どこまで行く? これでは戦闘に出遅れてしまう」


 リンクスは後ろを向き、どんどん遠ざかるエルフの村を見ながらマーズに質問する。


「もう、そろそろですよ」


 それから、更に歩みを進めて到着した場所には、幾つもの武器が置かれていた。


「ここは?」

「武器の在庫ですね」

「何故、私がこんな所に?」

「ここがアナタと私の持ち場になるからです」


 リンクスは何かの間違えだろ? と言いたげな表情で周囲を見渡す。


 そこには、剣、盾、槍、弓、斧などが何本も置かれていた。


「私はここで何をする……?」

「私達は此処で、武器を戦闘兵士の人達にどんどん渡して行くのです」


 マーズから、自身の役目を聞いた瞬間にリンクスは怒りだす。


「な、なななな何故、この私がそんな役目をしないとならない!」


 どうやら、自身の地位の高さで、する様な役目では無い為、怒りを露わにしている様だ。


 そんなリンクスをめんどくさそうに見ながら、一度溜息を吐いて話し出す。


「はぁ……いいですか、リンクス様?」

「なんだ!」

「地位が高いからこそなんですよ?」

「ん?」


 マーズの言葉にリンクスは首を傾げる。


「貴方は、此処にいる軍の中では結構な地位をお持ちだ」

「ふふふ、その通りだ」

「だからこそ、最初は後方でドンと構えとくべきなんですよ」

「ほぅ……」

「ヘラデス様を見て下さい」


 マーズの指差す方向を見るリンクス。


「あの方も、最初の一発を入れた後は、恐らく後方で様子を見て、戦況に動きが出たら動く事でしょう」

「うむ」

「だから、貴方も愛するヘラデス様と同じ様にドンと構えとくべきなのですよ」


 マーズの説明にリンクスは納得したのか、高笑いする。


「ははははは、そういう事か、それならば納得だ──よし、戦況に動きが出たら、この私、自ら出向きエルフとドワーフ共に鉄槌を食らわせてやろう」


 マーズに煽てられ、完全に舞い上がるリンクスであるが、実際の所は戦闘の邪魔になるからと、他の地位の高い兵士に割り振られたのがここだっただけである。


──単純で良かったですね……


 馬鹿みたいに単純なリンクスの説得に成功したマーズは安心した様だ。


 そして、全員が配置に付いた頃に陽が完全に登り切る。


 腕を前に組み、黙って陽が昇るのを待っていたヘラデスが呟く。


「始めるか」


 そして、ヘラデスは再び後ろを振り返る。


「お前ら! 時間が来たぜぇ? 準備はいいか!」

「「「「「「おう!!」」」」」」

「よし! 今から私が一発ぶち込むから、着弾したと同時に走りやがれ」


 すると、ヘラデスは近くに生えている木の前に到着する。


「コイツで良いか……」


 木を一度見上げると、ヘラデスの両腕が淡く光り出す。


「──オラッ」


 驚く事にヘラデスは木を腕力だけで引っこ抜いたのである。


 流石はスキルダブル持ちである。


「はは、簡単に抜けやがるな」


 自分よりも何倍も大きい木を軽々と片手で持ち上げると、次は何やら集中する様に目を瞑る。


 そして一言だけ呟いた……


「赤炎……」


 すると、ヘラデスの持っていた木がいきなり赤い炎に包まれる。


「そんじゃまぁ、戦闘開始の合図でも送ってやろうじゃねぇーの!」


 口角を上げたヘラデスはエルフの村に向かって全力で木をぶん投げた。


「──ッ赤炎ランセッ!」


 ヘラデスの投げた一本の木は赤い炎に包まれながらエルフの村に飛んでいく……そう、炎弾が飛んでいくのであった。


 そして、村の防壁に直撃し……爆散した……


 そして、それと同時にヘラデスの部下と奴隷であるオーガ族とゴブリン族が武器を掲げて、村に向かって走り出したのであった……

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