僕はエージェントアーロン-5 代替え
「やめろぉ!!」
目の前で「僕」の最後の証拠が燃えて塵になっていく。
それは、財布だ。携帯電話だ。
写真撮影した時に抜き取られていたらしい。
アリアの柔らかさ。ティムの愛くるしさ。陽炎のいい匂い。(これは偶然)
全てが罠だった。
しかしどうだ、別に「僕」の情報ぐらいは残してくれてもよかっただろうに。歴代アーロンも例外無く削除されてるから儚い願いだが。
「先輩が~♪消えていく~♪炎の中にぃ消えていく~♪」
陽炎は僕の鎮魂歌と称した歌を呑気に歌ってる。
僕は無駄だと分かってても最後の抵抗を試みていた。結局見事に失敗して、アリアの糸で机にうつぶせで縛り付けられてる。
クモの糸で思い出した。
「あっ。確かアリアの糸ってアリアのたいえ・・・・ブヘッ!!」
思いっきりアリアに引っ叩かれた。
「・・・・セクハラ」
ティムが僕の背中の上に乗りながら久々に言葉を発する。
が言うだけ言ったら自分の作業に戻っていった。
店員を眠らせてしまったから、自分たちで飲み物を用意することになったのだ。動くのがめんどくさかったのだろう。皆飲みたいものを言って、ティムが魔法で用意するようにしていた。
「そんなつもりは無かったよ・・・僕自身はまだ異世界マナーに慣れてないんだから仕方ないだろ・・。」
「出た「そんなつもりは無かった」こっちが悪口と捉えたらそれは悪口なの。」
場には女性が3人。明らかに不利だ。同性のサニーも肩をすくめ「お前が悪い」といった感じで大人の余裕をみせる。
「ごめんよ・・・反省してるから取り合えずこの糸解いてくんない?」
「やだっ」
きっぱりと断られた。仕方がない。
しかし・・・響きはエロいよなぁ・・・。
「アリアの体液・・・・・・ブハッ!!!」
さっきより威力が増した平手が飛んできた。
「信じらんない!!ものの5秒前じゃん!!!」
アリアは顔を真っ赤にして僕に怒号を浴びせる。
やれやれと言った感じでサニーは僕らから目線を外し陽炎を見る。
「さて陽炎氏。馬鹿二人はほっといて貴方の話を進めよう。」
「おっと私をご指名?何だろ、楽しみ。」
ティムが用意したコーヒーがサニーの元に運ばれてくる。香りを楽しみ一口含んで話を続ける。
「貴方は特異人【シンギュラリティ】と我々が読んでる特殊な人間だ。」
「ほほぉ~~。」
満更でも無い顔してやがる。陽炎は何か思いついたといった顔になり。
「もしかしてその特異人って私の目に関係してます?」
「あぁその通り。目が一番特徴が出る部位だ。」
「へ?」
僕は、驚いてしまった。同時にアリアも驚く。
「はっ?何言ってんのアーロン?別に特異人見るの初めてじゃないでしょ?」
「そうだけど・・・。そこまで陽炎を観察したこと無かったし・・。」
陽炎が困惑した僕に畳みかけるように嫌味を言い放つ。
「先輩しっかりしてくださいよ。エージェントってだけで面白いのに、私も特殊な人種で、少しの観察で分かったってのに、今の今まで気づかないなんて・・・。」
「ちょちょちょ本当なの?ちょっと見せてよ。目の中」
陽炎は少し慄き、顔を赤らめ僕に顔を近づけてきた。
じっと見つめ観察する。
「・・・・先輩?もういいです?ほんのちょっぴりですが恥ずかしいです」
「あ~確かに特異人の目をしてる。」
ちなみに、特異人の目は特徴として目の角膜が宇宙のようになっている。
アーロンの記憶では、目の宇宙は常に変化を続けるが特に視力等に影響は無い。何故宇宙があるのか等は全く解明されてない。
他の特異人の特徴としては、強い好奇心、超人的記憶力、頭の回転の速さ、超能力、等々。
・・・よくよく考えれば陽炎の特徴と当てはまる部分多いな。
もういいです?と陽炎は顔を離していく。
「で?私はこれからどうなるんです?まさか人体解剖、実験されるんじゃ無いですよね。」
陽炎にしては珍しく不安そうだ。大丈夫と僕がサニーの代わりに自分の記憶を頼りに答えていく。
「逆だ逆、実験・研究をする側。機関の学者・博士になるんだ。異界生物の生態、異界危険物の調査、実験結果から新たな技術研究とかな。幅広いぞ。」
「・・・ホントですか?」
陽炎は僕ではなくサニーに尋ねる。あれ?僕の記憶がそんなに頼りない?
・・・まぁしょうがないか。
「あぁその通り。任意だがね。我々と共に来るか来ないかは貴方のじゆ・・」
「行きます!行かなきゃ損でしょ!!」
即決だった。目はキラキラと輝き、これからの生活に期待十分といった感じだ。
「・・・よかった。機関は常に研究者不足なんだ。歓迎しよう。」
サニーは手を差し出し、陽炎もそれに応じ固い握手を交わす。
「あっと・・・一つ質問なんですが・・・」
「・・・?どうぞ、俺が答えられることならなんでも。」
陽炎は言葉を選ぶように少し間を空け質問する。
「私も先輩と同じように情報を消去するのですか?別にこの世界に未練は無いのですが、親から受け継いだ苗字、貰った名前は名残惜しいというか・・・。」
「それなら大丈夫。我々エージェントと違って学者は消去措置を取らない。辞めたければ何時でも辞めることが出来る。だが、君が職務についている間は親類・知人には記憶処理を施すがね。」
「何故待遇が違うのです?」
「エージェントは誰でも務まるが学者は務まらないというのが「機関」の方針でね。それに危険度の違いもある。エージェントは常に前線で、命の危険が付きまとう、場合によっては肉体が返ってこない事もある。一々元の世界でカバーストーリを作るといった面倒を嫌ったお上の怠慢だな。」
「・・・ふーん、随分きな臭い話ですね。」
まあね、と言った感じで肩をすくめ、サニーは黒光りの腕時計を確認する。
「さて随分時間を食った。俺はアーロンの回収以外にも任務があるんだ、もう帰るぞ。糸とってやれ」
「・・・はーい。」
アリアはしぶしぶ僕を糸から解放してくれた。
そのまま場を片付けて僕たちは店を後にした。
ティムが客と店員の睡眠魔法を解く。
時間を止めてたわけではない。待ち合わせでもあったのだろう、慌てて店をでる客がいた。
僕は少しだけ名残惜しかった。
もう二度とあの店で過ごすことは無いのだと。
僕の気持ちを汲んだのか陽炎が話しかける。
「先輩。いつまでも暗い気持ちじゃだめですよ。」
「初めての自転車も、恋も、受験発表も、お葬式も、世界大戦も、世紀末も。楽しいこと悲しいこと、過ぎてしまえば昨日の事です。」
「私たちにとっては、あの店はもう過去のものです。」
「先輩はあの店でほぼ全てを失いました。私は名前は残ってます。」
「半ば強制の先輩。希望してこの道に進む私」
「お互い進む道は違います。」
「でも、私にとっては先輩はアーロンじゃないです。」
「先輩は、いつまでも先輩です。あの喫茶店で私と時々一緒に過ごしてくれる。優しい先輩です。」
ギュッと手を握ってきた。
随分ませた事を言うなと思ったが強がりだった。
陽炎の手は震えている。
僕はそんな陽炎に、何でだろう、安心した。
特異人だ何だといっても、ただ一人の女の子なんだなと。
陽炎は何処まで行っても陽炎だし、僕はどれだけ失おうと僕だ。
お返しにその手を強く握り返した。
「ちなみに陽炎氏。貴方は乗り物酔いする人かな?今から移動するわけだが、必要なら袋を用意するぞ?」
アニーの一言でさっきまでのいい気分が台無しだ。
「あぁ糞ったれ。まだそれが残ってた。」
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