第2話
翌日の朝、ホームルームで担任から、転校生の紹介があった。12月の転校生という異質さに、当然ながら教室はざわめく。
その後、入ってきた生徒の容貌に目を見張らなかった者は、担任を除いてはきっと、教室の窓際、左端最奥の自席で頬杖をつく、僕しかいなかっただろう。その僕も、まさか彼女の転入先が自分のクラスだとは、思っていなかったのだが。
「保護者の仕事の都合で、本日からこの学校の生徒になりました。宮本六花といいます。よろしくお願いします」
そう言って、愛想笑いさえも浮かべずにお辞儀をする六花の顔には、昨日屋上で見たのと同じ、左半分を覆う白い仮面が貼り付いていた。昨日だけの特別な装飾というわけでは、なさそうだ。
基本的に様々な物事にやる気のない担任は、その辺の説明もないままに、六花の席を指定した。
「席は、そこの、相田の後ろな。わりい、机用意すんの忘れてたから、これ終わったら俺についてきてくれ」
「分かりました」
担任が言った「相田」さんは、僕の右前に座る女子生徒だ。つまり、六花の席は僕の右隣という事になる。なんだか昨日からやけに縁がある気がするが、男女隣合う列が三本並ぶ教室で、列の長さがここだけ短いので、当然の配置だろう。
すぐにホームルーム終了のチャイムが鳴り、六花は担任と教室を出て行った。休み時間となった教室には案の定、突然増えたクラスメイトと、彼女の容姿についての話題で溢れかえる。僕は教室の隅の席で、頬杖をついてその様子を眺めていた。
大火傷の痕がある。親からのDVを受けており、その傷跡を隠している。某無免許医師のように皮膚移植を受けて肌の色が違う。いやいや、単純に奇抜なファッションのつもりの変な奴なんじゃないか。でもそれなら教師が許さないだろう。それなら。もしかして。じゃあ。
やはり六花の仮面がクラスメイトの話題の的になっており、様々な根拠の無い憶測が無責任に飛び交った。正直そこは、僕も知らないし、気にはなる。でも、触れちゃいけない事のような気も、している。
やがて教室後方のドアがカラカラと開き、話題の転校生が姿を見せた。六花は傍らに置いていた、机の上に椅子を逆さまに乗せた物を両手で持ち上げ、開けたドアをくぐる。途端に、活発なタイプのクラスメイト達が、こぞって彼女を取り囲んでいった。
「宮本さんこれからよろしくねー」
「こっち来る前はどこに住んでたの?」
「親の都合って言ってたけど何の仕事なのー?」
「ねえねえそのカッコイイマスクは何なの?」
「え、それ聞いて大丈夫なやつ?」
……などと、集団でまくし立てている。
「机を運びたいんだけど、道を開けてもらえない?」
ニコリともしない六花のその言葉に、チャラ系の男子が「オレやるオレやるぅ」としゃしゃり出て、彼女の机を持って教室の後ろを歩くと、僕の席の横に設置した。
「ありがとう」
感情があるのかないのか分からない、ただ事象の結果として発生しただけのような声音の六花のお礼に、その男子はなぜか「っしゃあー!」とガッツポーズを取る。
異様に目を引く白面を除いては、六花は、美人なのだ。日中の明るさの中で見る彼女は、昨日の宵闇の中で見た姿よりも、その美しさはより引き立って見えた。男子が気を引こうとするのも、当然かもしれない。
席に着いた六花にクラスメイトが再び群がろうとした時、一時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。しぶしぶと解散していく生徒達の中、六花が僕の方を向く。
「おはよう。昨日ぶりね」
今日初めて見せる、柔らかな笑みを浮かべながら。
「教室で僕に話しかけない方がいいよ。変な目で見られるから」
警告のつもりで言ったのだが、僕の気遣いなど意にも介さず、彼女はなぜか嬉しそうな顔をした。
「あら、それは好都合ね。沢山話さなきゃ」
「なんでそうなる……」
六花が「ふふふ」と小さく笑うと、僕の右前に座る相田さんが、さっそく警戒の目をちらりと後ろに向けるのが見え、僕は溜息をつく。
頬杖をついたまま視線を窓の外に向けると、12月の空は、分厚い鉛色の雲を広げていた。
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