第12話 原因究明を超えるための布石 ②
「それより、体が冷える前にタオルでも出そうよ。確か準備をしていたよね?」
「ああ、その辺りなら俺が準備をしておいた。ちょっと待ってろ」
こんなこともあろうかと用意は万全だ。
浅間は置いていた荷物を漁り、替えの衣服を取り出す。
「ほら、二人ともそこの猟師小屋で着替えさせてもらうといい。俺は結果と今後の予定を役人と猟師に伝えておくから」
レディファーストを気取るわけではない。
こちらに戻ってもまだ防護服姿のままだったこともあり、ひとまず近づかないで欲しいと言って待たせっぱなしなのだ。
伝えてみると彼女らは頷く。そのまま次に移ろうとしたところ、少しの変化が見えてきた。
「はい、ありがとうございます。では、コトミチさんを待たせないうちに――」
「ん? うん。うん……? ねえ、コトミチ。服はともかく、下着までって準備が良すぎないかな?」
受け取った着替えの量に疑問を抱いたのだろう。服の重なっていた下着を目にした二人の表情は途端にぎこちなくなった。
ノトラなんて下着の袋を開けると変な物の正体でも見極めるように引っ張ったりして観察している。これも日本からの支給物資に混ざっていたのでこちらの衣服と違うのかもしれない。
ましてや年頃の乙女が成人男性からこんなものを送られれば困惑しようものだ。
だが、浅間にはやましい点など一つもないので真っ直ぐに向き合う。
「本当に重要な病気の防疫活動だと着ていた衣服や着替えも変えるんだよ。だから備えだけはしてあるんだ」
「そ、そうなんですねっ……!」
「ふーん」
信じ込もうと強く頷くスクナと、じぃーっと値踏みをしてくるノトラ。こんなことなら事前に説明をしておけばよかったと後悔するが、もう遅い。
下手に狼狽するのも、説き伏せるのも悪手だ。あとでマニュアルでも見せて納得をさせるのが一番の道だろう。
彼女らと分かれた浅間は役人と猟師の元に歩いた。
「お待たせしました。お話で聞いた通り、体調不良は三頭確認できました。その三頭は保護したので、これから検査をして治療に移っていこうと思っています」
「それは対処できそうなのだろうか?」
「調査して気付いた点と、クアールの症状には思うところがあります。ただ、これについては持ち帰って検査をしてみないと確証は持てないですね」
あのクアールのべたつきや手に残った香りからするに、血液検査で肝臓の数値を確かめれば光明が見えるかもしれない。
浅間としては専門の分野ではないのだが、『犬にぶどうはいけない』『キシリトールガムも危険』などと同じく日常に潜む危険として友人から聞き覚えがあった。
「了解した。ではその旨は
「お願いします」
クアールの毛皮などを得るため、討伐を依頼した施設のことだ。そこを通じて流通量を管理しているため、出入りしている人間のリストももらっている。
改めて確かめてみるに前回は半日から一日程度前で、三人メンバーだ。
「しかしその討伐といえば人と
ファンタジーなメンバー構成だから裏技でもあるのか、それとも猟師と同じくここで解体していったのだろうか。そんなことを考えていた時、浅間はクアールとメンバーの共通点に気付いて息を飲んだ。
思考を回せと命じるように指で頭を叩く。
(クアールもすでに発症してる。これは……ちょっとマズくないか?)
悠長に解決を目指そうとしたなら、こちらでも被害が起きかねないのではなかろうか。
今の自分の立場からするに、保身を目指すのであれば非の付け所もなく、常に人の予想を上回った成果に漕ぎ着けて不可欠の立場となるのが望ましい。
その次は引く手数多になったところで『代わりに働く手足がいた方がより充実します!』と、内外に訴える方向性など実にそれらしい進歩ではないか。
危うく思うのなら打てる手は打つべきである。
「お二人とも、ひとまず帰ってもらって大丈夫です。急用を思い出したので俺はこれにて!」
悩むよりはまず行動だ。
浅間は気付くと共に猟師小屋に駆け寄った。
「スクナ、ノトラ! 着替えは済んだか!?」
珍しく声を張り上げてみると二人は何事かと思ったのだろう。着替え途中のところを切り上げ、インナーに衣装を羽織って飛び出してくる。
まずは外敵でも出てきたかと周囲を警戒し、ほっと息を吐いた後に向き合ってきた。
「何かありましたか?」
「二つしなければいけないことが見つかった。今すぐギルドに行ってクアール討伐に参加した人の様子を見たい。もう一つは予定通りの血液検査だけど、その結果をもう一方で利用したいから、別行動にしたいんだ。いけるか?」
「そんなに急ぎですか?」
答えてみるとスクナは口元に手を当てて唸った。
「材料を劣化させないために使っている私の魔法は触れないと効果を解けません。今ここで解くという形でなければ私が戻らないとご希望には沿えないと思います。でも、必要なことなんですね?」
「ああ。何も起こってなければそれでもいいけど、何かが起こっていたら今のうちに対処した方が大事に至らない」
「お話は分かりました。しかし、その検査は専門的なものですよね。私で勤まりますか?」
スクナの不安も尤もだ。
以前、依頼された乳房炎の検査などではその手技を見て驚くばかりだった。病原体についてまだまだ理解が及んでいない通り、何かを任されても責任を取り切れないのだろう。
浅間はそんな彼女に献体を納めた箱を手渡した。
「通信鏡越しにでも指示できるし、血液を機械にセットしてボタンを押すくらいの簡単な仕事だ。問題はないと思う」
「そういうことであれば最善を尽くします。それと、ギルドは領域の中央にあるのですが、事務所から少し離れています。急ぐのであればノトラに移動を手伝ってもらうべきかもしれません。できますか?」
「ウチの能力で? んー、そういう魔物も沈めたことはある。乗り心地を保証しないでいいなら用意はできるよ」
話を振られたノトラは、それでいい? と視線で問いかけてきた。
彼女の影がぞぞぞと広がると、そこから竜やグリフォンが顔を出す。コンドルの飛び始めを思えば滑空以外の乗り心地は保証できないことが予想された。
まあ、これについては頷くほかはない。
着々と動きが決まっていく。これならば問題はなさそうかと思ってきた矢先、スクナはさっと近づくと手を握ってきた。
「ギルドであれば私も密接な関係があるのであまり心配はしていないのですが、一つだけ注意点があります。ギルドの受付に男性が座っている時は気を付けてください。その人物とはできるだけ関わらず、問題の解決のみを図ってもらわないと後々面倒ごとに繋がると思います。いいですか?」
「そいつに何かあるのか?」
「悪い人ではありませんが、戦闘狂でトラブルメーカーです。飲みを気楽に誘ってくるお兄さんだけど、その場の興味で喧嘩にも怪物退治にも顔を突っ込んでいくといいますか。事務所を私の魔法で覆っているのも一部は彼を遠ざけるためです」
むむむと嫌な思い出でも思い返した様子だ。どうあっても逃がす気はない監禁と思いきや、そういう都合もあったらしい。
享楽的なタイプということなのだろう。現代社会でもそういう人間には覚えがある。
「面白がって引っ張り回されては大変なので避けてください。一番はギルド長ですが、次点で受付嬢さんでもきちんと対応をしてもらえると思います」
「わかった。気を付けておこう」
「じゃあそういうことで出発だね?」
頷いていると、ノトラが空鯨を連れて歩いてくる。彼女は話を読んで準備を整えてくれていたらしい。
三人は空鯨に乗り込むとすぐさま出発するのだった。
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