1話 端緒
僕には名前がない。
なぜならこの世界には主人公が居て僕は自己紹介は勿論カットされ顔なんて基本描写されない。台詞なんて基本ない、最初の内はかなり不満が有ったがもう慣れた。慣れって怖い。
この世界の主人公は、上田麗矢という男だ。彼が悲しんだり暗い気持ちになれば天気は悪くなり、逆に明るい気持ちになれば天気が良くなる。顔も性格も絵に描いた様に良いし彼女もいる。
この場合、奴の彼女はヒロインと呼ぶべきなのか?たぶんそうなのだろう。
僕はこの世界が誰かによって意図的に作られ、上田が成るべくして天候を操るまでの力を持った主人公になっている事に気づいている。周りのやつにこの話をしても信じるどころか病院に連れていかれそうになった、たぶん僕しかこの事に気づいていない。
いくらモブとは言え買い物も旅行も普通にできる、優しい世界だなと思う。
ただ、ここを作った人間がどんな奴なのかとても気になっている。僕の想像では現実でろくな「みてくれ」をしていない哀れなやつなんだろうなぁと予測している。もしイケメンだったら殴りたい。まぁ、そんなことを気にしても「ここ」は変わらないし無駄だと思ったからすぐにやめた。この世界を気分でどうにかできるのは上田だけだ・・・と思う。
そう言えば今日は雨が降っている。家路についてしばらくたっていたし、幸い家は近かった。急いで家に向かう。
少しだけ濡れた制服を拭って掛け、部屋着に着替えてテレビをつける。ニュース番組が流れ、一人の部屋に多少の賑やかさが生まれる。両親は小3の頃に離婚して母親に引き取られ、母は入院中だ。マザコンだと思われるかもしれないけど流石に寂しい。
彼女が居ればこういうのも紛れるのだろうか。そんなことを思っていたらふと「風呂に入ろう」と思いついたので沸かすことにした。
ちゃちゃっと風呂を洗い、壁に張り付いたボタンを押す、機械が冷淡な声で沸かし始めるという様な事を言った事を確認しリビングに戻る。
その日のニュースは特に物騒な事は報道されていなかった。地方の美味しい名店であったり、政治家の失言であったりがメインであった。最近の政治家は頭は良くても阿呆が多いのは何故なんだろうと考えてみるが分からないからすぐに辞めた。
最近の若い人はこういう時にスマホをいじるんだろうけど、SNSでは文面が怒ってると言われる。そう言われると気持ちが良くないし、相手にもいい気持ちはして貰えないのはこちらの悪意は無いにしろ嫌だ。そもそも文面と言う平坦なツールで会話なんて無理があるんだと思う。そんなことから虐めが始まったりしているというのも文明の暗い部分であり便利になった弊害だなぁと思う。
スマホゲームに関してもどうやら僕は絶望的にセンスが無いらしい。どのゲームもクリアであったり勝てた試しがない。勝てないしクリア出来ないゲーム程つまらないものは無いからあまりやらない。
そんなこんなで僕以外の唯一の冷たい声が「お風呂が沸きました」と温かいメッセージを僕の耳に届けた。
テレビを一旦消し、部屋に静けさが戻る。
脱衣所に行き服を脱ぎ始めた時、インターホンが鳴った。取り敢えず、服を着直してインターホンの画面の前まで向かう。
インターホンの画面が映し出した人物に僕は腰を抜かした。
そこにいたのは「上田の彼女」だった。
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