Andante con moto

❄︎ ♪ ❄︎ ♫ 


 大通りを一歩入った閑静な住宅街。緑の蔦が壁をつたうレトロな西洋風の一軒家は、民家の並ぶ中にあってひときわ目立つ。いつもは裸の玄関ドアの覗き窓が、今日は銀色のリースで囲まれている。それを揺らして扉を開けると、小さな鈴の音がちりんと鳴った。


「あれ響子。どうした?」


 ちょうど厨房からプティ・ガトーのトレイを持って店頭に出てきた匠が響子をみとめた。


「お疲れたくちゃん。あのね、演奏会のポスター、お店に貼ってもらえないかな。先生から頼まれて」


 響子は手にしていた細長い紙筒を、カウンターの向こうの匠に掲げて見せる。


「わかった、多分オッケーだろ。店長に頼んどくよ」

「ありがと! たくさん宣伝しといてね。絶対にいい演奏会にするんだから」


 ぱっと目を輝かせ、響子は匠の掌の上に紙筒を渡した。ポンっと軽い音が立つ。


「カフェ、寄ってかないのか」

「惹かれるけどダメ。練習しなきゃ。三曲もあるんだもん」

「ブラームスと、あとは?」

「モーツァルトの《トルコ行進曲》全楽章と、《道化役者》」

「それ、最後の知らないな」


 ケーキの並んだガラス・ケースに寄っ掛かりながら、響子の返事はうきうきと明るい。


ラフマニノフラフマだよ。たくちゃん好きだと思う」

「そりゃ楽しみだ」

「うん。じゃ帰る。店長さんによろしくね」


 満足そうな笑みを浮かべると、響子はドアを開けて出て行った。今度は大仰に鈴が鳴る。


 ——そういや、演奏会の日にち聞いてなかったな。


 匠は響子の持ってきたチラシの留め紐を解き、ガラスケースの上に広げる。ちょうどその時、後ろの厨房から店長の威勢のいい声が飛んできた。


「匠、イベント開始日程決まった! クリスマスの週、十二月二十二日から!」


 匠の掌が押さえたその下に、演奏会の日にちがあった。


 ——十二月二十二日、午後六時。

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