5.我が元へ集え

 話を聞いたアスタルテが「神々の大地」と呟いた。何か心当たりがあるようだ。詳しく聞こうとしたが、彼女は少し待って欲しいと首を横に振った。こんなことは初めてだ。アナトが自ら見張りを買って出たので、任せることにした。


 我が子の手を引いて城内をさ迷い歩くレーシーが、珍しく近づいてきた。甲高い声で歌われる内容は聞き取りづらい。何かの叙事詩だと思われた。物語仕立ての歌を奏でながら、彼女は一礼して去っていく。眉を寄せて聞いていたバアルが呟いた。


「偶然じゃないよね、レーシーが歌ってたのは滅びた種族の歌だった」


 オレには悲鳴に近い曲に聞こえたが、バアルは聞き取ったらしい。歌は途中から聞いたからと注釈付きだが、内容を話し始めた。


「彼女は大地を生み、彼は水を染みこませた。土は彼女の願いを叶えて緑を生み出し、彼の思いを受けた水が生き物を潤す。徐々に広がる大地の果て――そこで彼と彼女は手を取って己を消した」


 歌の内容を紡いだバアルは溜め息をつく。


「ここまでしか聞いてない」


 歌っているレーシーを捕まえるべきか。アナトが見張りについたアスタルテの報告を待つか。考えるまでもなかった。魔王であるオレが臣下を信じなくてどうする。


「アスタルテの報告を待つ」


「わかったよ、僕もアナトと合流するね」


 ひらひらと手を振ったバアルは元気よく窓から飛び出した。止める間もない。兼ねてから、アガレスの後任であるハルファスに「窓は出入り口ではありません」と叱られているが、双子達はどこ吹く風だった。真面目な老人の顔が浮かび、苦笑いする。


「サタン様、クリスティーヌを呼ぶ?」


 ティカルやマヤと世界を巡った後、一時期はウラノスのように地下に籠っていた。最近は運河の流れを変えると言って現場に出ていたと思うが、彼女の能力が必要だ。頷いたオレに、リリアーナはにっこり笑った。足元にいた猫を抱き上げて、帰ってきてと話しかけている。どうやらあの猫が使役されているらしい。


 子供達も大きくなって手を離れたこともあり、クリスティーヌは城に寄り付かなくなった。夫のティカルを亡くしたばかりで、思い出がたくさんある城はつらいだろうと自由にさせた。それはククルも同じようで、今の彼女は元グリュポス跡地に滞在している。


 最近見かけないが、ウラノスは何をしているのか。


「ウラノスなら、あっち。キララウスがあった山を開拓してる」


 リリアーナは簡単そうにオレの考えを読んで答えてくる。オレの周囲に侍る魔族の動向を逐一把握しているようだ。それを尋ねると、からりと笑った。


「だって、サタン様。調べようとしない。私が知ってれば平気だもん」


 興味を持たず好きにさせるオレに代わり、彼らを管理しているようだ。誰がどこにいて、何か困っていないか。それらを把握して、必要があればオレに聞かせる。妻である自分の役目だと自負していた。


「見事だ」


 褒めてやれば、嬉しそうに腕にすり寄った。この辺りは出会ったばかりと変わらない。解けたローブを結びなおせず、半裸で泣いたあの頃を思い出した。自然と緩んだ口元に、リリアーナは敏感に反応して唇を尖らせた。

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