407.半身を朱に染めた銀狼は危険を告げる
地下から攻撃を仕掛けるのは、想定済みだ。ククルとオリヴィエラがいれば、問題なく退けるだろうと思っていた。留守居として残した彼女達の活躍は、想定内だった。
意外なのは、ククルが動かなかったことだ。戦闘狂と渾名された魔王軍のトップが、戦わなかったとは。いくら惚れた男が出来たとしても考えられない。マルファスを置いて顔を見せたククルを見つめると、肩をすくめた。
「だって、まだ何かいたんだもん」
悪びれずに足元を指さした。確かに地下水脈の中に紛れた気配はある。だが現時点で攻撃する素振りはなかった。
「城を空けるのを待ってるかも知れないでしょ? 前にそれでやられたからね」
過去の話を持ち出して肩をすくめた。ククルの言う通り、全員で拠点を空けた隙に襲われた事実を思い出す。あの時は物資を荒らされた程度で、人的被害はなかった。だが、この城を荒らされれば城内の文官やドワーフを始めとし、王都の民全体を巻き込んだ可能性がある。
「理由はそれだけか」
咎めると思ったのか。リリアーナが不安そうにオレを見上げる。彼女の頭に手を置いて、荒っぽく撫でた。
「ハイエルフと、グリフォンが向かったんだよ? オリヴィエラなら何とかする実力はあるよね」
だから手を出さなかった。それは信頼と呼ぶにはまだ表面的な感情だ。ククルは信じているから任せたのではなく、あちらが失敗しても城を守ることを選んだだけ。主君の命令を忠実に守ろうとした。
「お前らしい。だがそれでよい」
自分勝手な言い分のようだが、ククルのやり方は間違っていない。主君に城や拠点を任された以上、そこを守り抜くのが役目だった。飛び出していった仲間を守って、城を奪われるのは愚者の行いに該当する。仲間を優先するのなら、城を完璧に守る結界なり代理人を選出するのが順番だった。
臭いが残っていないか確かめながら、オリヴィエラとロゼマリアが現れる。
「報告は終わった?」
「説明しました」
気楽に尋ねるオリヴィエラに対し、アガレスは淡々と返す。
「褒美の希望はアガレスに伝えよ」
すべての報告を得た。あとは地上を駆けて追いつく狼達と、地慣らしを担当するヴィネの帰還を待たねばならない。
「「「「はい」」」」
同意の返答をもって、オレは立ち上がった。慌てたリリアーナがマントの端を握る。
「我が君っ! 大変にございますぞ!!」
庭に面したガラスを器用に開けた銀狼が、鼻先を突っ込んで叫んだ。振り返った魔族の視線を一身に浴びるマルコシアスの毛皮は、半身が赤く染まっている。
「何があった?」
主従の繋がりを利用し、彼の状態を確認する。大きなケガや損傷はないが、かすり傷が多数感じ取れた。とすれば、彼の半身を染める赤は他者の血だ。
「森と川が大地に飲まれて……」
マルコシアスの言葉を裏付けるように、激しい振動と音が城のガラスを鳴らした。
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