398.力量差のある狩りは常に残酷だ

 双子はキメラを見つけると、大喜びで飛びかかった。空中では切り刻んだが、地上なら手足を落として持ち帰れる。空を飛ぶキメラは羽毛があり筋肉質だが、地上を走るキメラは適度に脂もあった。


 食べるなら断然、地上のキメラだろう。


「いっくよ!」


「新しいの、実験して」


 突進してくるのは、猪と豚に似たキメラだった。よく見れば足が6本ある。後ろに蛇に似た尻尾があった。真っ直ぐに走る猪の鼻先に手を当て、一回転して背に飛び乗る。


 巨大な猪の背に生えた、大きな針に気づいて背の翼を広げた。ばさっと浮き上がり、剣山になった針の間へ器用に着地する。


「ふーん、考えてるね」


 猪突猛進、曲がらず走る特性を利用した罠だ。バアルのように体術に優れた者は、似たような手法で背に飛び乗って首を狙う。それを防ぐために、針をもつ動物を掛け合わせた。ということは、毒針か。つんと先端を突くと、指先が少し紫色に変色した。


「どう? 不具合ある?」


 アナトが地上から尋ねたのは、預けた魔法陣の使い勝手だ。走り回るキメラが止まらないため、発動しなかったかと心配していた。


「まだ使ってない。ねえ、毒針いる?」


「欲しい!!」


 アナトが興奮した声をあげる。そちらに気づいたキメラが方向を変え、小柄な少女姿のアナトを標的に定めた。きょとんとした顔で無防備に立つアナトへ、キメラの猪頭が突っ込む――が、簡単に指先で動きを止められる。


「バアル、早くしないとやっつけちゃうよ」


「だめだよ、僕の獲物だもん」


 研究職だが四天王の一人だったアナトの実力は高い。半透明で展開する魔法陣が、力を分散させていた。猪の蹄が大地に食い込み、土煙を立てる。しかし魔法陣を挟んだアナトは平然としていた。


「取れた!!」


 ぱきん……甲高い音がして、キメラが苦痛の呻き声をあげた。剣山になった背中の一部を剥いだのだ。背中に生える毒針の付け根は、神経が通っていたらしい。眉を寄せたアナトが「そこは神経切るところでしょ」とぼやいた。


 失敗作を投入されたのも。そんな不満顔も、バアルが転送された針を見ると機嫌が良くなった。


「ありがとう」


「うん。これは僕がやるね」


 アナトは背中の皮についた針を嬉しそうに指先でなぞった。毒で紫に変色した指を舐めて、効果を確かめている。バアルは揺れる背の上で、足を開いて体勢を整えた。


 握りしめた拳を、皮を剥いだ背中に叩きつけた。めり込む拳を中で開き、爪を鋭い刃に変えて体内を引き裂く。そのまま肘まで埋めた腕を左へ薙はらった。


 ぐぎゃああ! 吠える声に激痛の色が滲む。追いついたマルコシアスは、顔を顰めた。この双子だけは敵に回したくない。生きたまま毛皮を剥がれそうだ。ぞっとする想像に身を震わせ、思わず数歩後ろへ下がった。


「毛皮は使えないから要らない。肉だけ確保しよう」


 恐ろしい会話をする双子は、ちらりと木々の上……空を見上げる。そこで大切な主君の隣にいるリリアーナに手を振り、肉の確保に取りかかった。

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