390.愛玩動物の牽制はよくわからん
思いついた施策は書いておかねば忘れる。日々の騒ぎに追われて、重要な会議を忘れた記憶は新しい。あの時は、慌てたアスタルテが訓練場に飛び込み、鍛錬に夢中だったオレを引きずって参加した。
あれ以降、部下に迷惑をかけないよう書面にする癖をつけた。魔王位に就く直前のことだったか。懐かしく思い出し、書いた紙に数字を付け足す。大まかな予算の振り分けと、優先順位だった。
それを机の上に置き、上に文鎮を置いた。足元に敷いた絨毯に座り、クッションを抱いたリリアーナがじっと待っている。
「寝る?」
どうしてもオレと休むつもりらしい。眠そうに目元を擦るくせに、なんとかして起きていようと頑張った。媚びる所作に似て鬱陶しいはずなのに、愛らしいと思う。これが愛玩動物が持つ魅力なら、確かにククルやアナトがハマるのも分かる。
「よかろう。来い」
嬉しそうに立ち上がったものの、もう半分ほど眠っているらしい。尻尾を引きずってクッションを抱いた格好で足を踏み出す。よろけたリリアーナを見ていられず、彼女を抱き上げた。ぴたっと固まったリリアーナが恐る恐る手を首に回す。この方が落ちなくて都合がいいと頷いた。
途端に目を見開いて笑った。嬉しそうな彼女の様子に、オレも気分がいい。何かしてやった見返りを求める気はないが、悲しまれるより喜ばれる方が気分がいいのは事実だった。
作り替えた後宮は、華やかな金細工を外した。質はいいが見た目は地味な家具を作れと命じる。しかしドワーフ達は、当初渋った。派手さはわかりやすい基準のひとつだ。王侯貴族は競って豪華な見た目を追求したため、職人達も高く売れる家具作りに慣れていた。それを否定されると、作る家具は品質のみとなる。
無垢のテーブルを作った人間の職人を見つけ、褒め称え高く買い付けた。するとドワーフ達は、いかに質が良いかを競い始める。おかげで見た目の華美さを追求されずに済み、居心地のよい住居となった。謁見の大広間は多少演出も必要なため華美で良いが、普段生活する部分に華やかさは無用だ。
収納の亜空間から取り出した家具の間を抜け、ベッドに入ろうとしてシーツを捲る。部屋の入り口で感じた通り、すでに先に潜っている者がいた。
「あ、きた」
「遅いよ。もっと寝た方がいいと思う」
アナトとバアルの双子だ。それを見るなり、リリアーナが怒り出した。
「私が一緒に寝るんだもん! アナトとバアルはだめ! 外! ここダメ!」
必死に外を指さす。顔を見合わせ、双子は少し考えてからベッドを降りた。ほっとした様子のリリアーナに何かを告げる。途端にリリアーナが泣き出した。
「何を言った?」
「えっと、本当のこと」
「前に一緒に寝てたこと」
きょとんとした顔で答える双子はぺろっと舌を出した。リリアーナが嫌がると承知で口にしたらしい。確かに事実だが、その話を今持ち出す意味が分からない。大きく溜め息を吐き、双子に出ていくよう命じた。
ニヤニヤしながら出ていく彼らを見送り、泣きながらしがみつくリリアーナをベッドに下ろす。離さないと腕に力を込めるドラゴンに譲歩し、そのまま一緒に横たわった。
「泣くな、今はお前が隣にいるだろう」
いつまでも目を擦る幼い仕草に、慰めるつもりで告げた。アスタルテがいれば、言葉選びが悪いと叱りそうだ。分かっていても子供や愛玩動物が好む甘い言葉など知らぬ。褐色の肌に似合う金髪を数回撫でると、リリアーナは真っ赤な鼻で笑った。
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