364.褒美を考えてやらねばならん

 動かず待つのも主君の器と思ったが、叫ぶヴィネとリリアーナの会話に肩を落とす。大声で何を騒いでいる。リリアーナの言う通り、下にいるヴィネから彼女の下着が見えるのは当たり前だった。


 なぜか気に入らないが。


 レイキの魔力が止まっているのは、ヴィネと会話が成立したためか。リリアーナが指示した攻撃の影響か。


 アルシエルも向かったので、戦力不足はないだろう。双子達の魔力がそろそろ切れる懸念もあった。身体をそちらに向けたものの、動くことを躊躇う。オレが向かえば、彼女らは信頼されなかったと嘆くかもしれない。


「サタン様! 原因がわかりましたよ」


 木々の枝を足場にぴょんぴょん跳ねて移動するハイエルフは、頬を赤く腫らしていた。殴られた手の大きさからして、リリアーナではなさそうだ。


「いてて……レイキの卵がこの湖にあるそうです。我が子を返してくれと言われました」


 なるほど、魔物を追いかけたマルコシアスがここで戦っていたのも、後から合流するアルシエルやオレをレイキとぶつけるためか。奪われた卵を追ってきたレイキにしたら、誰が盗んだかなど関係ない。ただ卵を取り返したい一心で、邪魔になる者を攻撃したはずだ。攻撃されればこちらも迎撃する――泥沼の争いが起きかねない。


「卵は水の底か?」


「たぶんですけど、自分で探すみたいです」


 触って欲しくないと言われたのだろう。レイキは神格が足りないようだが、もう少し長生きすれば神獣にランクアップするだろう。特殊な魔物であるレイキにとって、卵に他者の匂いや魔力がつくのは好ましくなかった。


「好きにさせよ」


「あ、双子がレイキの甲羅割っちゃったんですけど、直していいですか」


「手伝うか?」


 治癒に関しては、世界の理に逆らう魔術だ。傷はゆっくり時間経過とともに癒されるものであり、傷口周辺の時間を急速に速めて治す治癒は法則を狂わせる。そのため大量の魔力消費が必要だった。戦ってきたヴィネには辛いだろう。提案した先で、ヴィネが肩を竦める。


「あれは治癒じゃなくて修復なんで、アルシエルさんに手伝ってもらいます」


 壊されたのは本当に甲羅だけらしい。表面の硬い甲羅は体の一部だが、鎧や兜と同じ扱いだった。武器の修復なら、大した魔力量は使わない。手足を捥ぐ様な手段は用いなかったことを、後で褒めてやるべきだろう。


「任せよう」


 レイキはどちらにしろ、この湖を目指すのだ。すぐに顔を合わせることになる。よく働いた彼らへの労いを考えながら、後ろのマルコシアスの首を掻いた。嬉しそうに平伏して首の角度を動かす甘えた仕草に、息子のマーナガルムも舌を垂らして強請る。


 途絶えていた地響きが復活し、森の木々を押し開きながら、レイキは眼前に姿を現した。ちらりと視線をむけ、大きな首をぺこりと動かす。それから湖の底へ向けて一気に巨体を沈めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る