360.最後の主君を定めたのは俺だ

 怒り狂う彼女と別に、4つの魔力が感じられた。その動きに奇妙な規則性がある。周囲に魔法陣を放ち、自動的に迎撃するよう結界に仕掛けを施した。襟の結界魔法陣に、左袖の迎撃システムを追加した形だ。


 これらを組み合わせることで、さまざまな状況に対応できるようになった。かつての黒竜王は力に頼った戦いを主流としたが、今はまったく違う。だがウラノスほど魔力に頼らない。どちらも状況に合わせて使うのは、魔王サタンの影響だった。


 誰より強く、気高く、誇り高い。それでいて非を認めれば頭を下げることが可能な人物だった。主君に高潔という単語を使ったのは、この方だけ。さまざまな獣の匂いを漂わせながら、内側に誰より純粋な心を持ち合わせている。


 娘リリアーナを保護し、教育した魔王の慈悲深さにも感服した。敵であったオリヴィエラが裏切ったのも、当然であろう。そう思わせたのは、対面した時の彼の余裕と強さだった。


 この人に仕えようと思った魔王は過去にもいる。だが最後の主君にしようと心に誓ったのは、魔王サタンのみ――。この方が消えれば、後を追って今度こそ命を散らす覚悟だった。


 このようなところで無様な戦いをお見せし、幻滅されるわけにいかぬ。人型の時は見せぬ尻尾を解放し、翼を広げた。角を生やし、縦に瞳孔が割れた獣の目を輝かせる。解放した分だけ魔力が溢れ出た。足下を覆うもやのように、少しずつ支配域を拡大する。


 放った魔力に、獲物が掛かった。蜘蛛の糸を編み上げた巣にいるようだ。ここからの距離や方角も手に取るように伝わった。


 ウラノスが伝授した魔術はレベルが高い。魔力量だけではなく集中力や計算も複雑に織り交ぜた、まるで迷路のような仕組みだった。魔王として君臨したウラノスの実力は、確かだ。


「左斜め前のお前、動くと死ぬぞ」


 警告は短く、しかし的確に与える。仕掛けまであと一歩、だから動くなと告げた。長く言葉を放って説明するほど饒舌じょうぜつではない。アルシエルの口元が歪んだ。前魔王の側近であった俺に仕掛けるような奴らが、警告を聞くわけがない。


 言われた者が足を踏み出し、罠に手応えがあった。


「ぎゃぁああああ! ぐ、あ、た……けて」


「だから言ったであろう」


 敵に容赦する気はなかった。彼らが動くのは想定のうちだ。警告など無視し、すぐに仲間の無残な死体を前に動けなくなる。そこを徹底的に叩いて心を折ればいい。心が折れなければ、体を砕けばよかった。


「アルシエルぅ、貴様ぁ!!」


 カルデアの絞り出す怨嗟の声が、絶叫に変わった。獣化したカルデアは、巨大な頭をもたげて威嚇する。いわゆる大蛇と呼ばれる形状だが、頭が2つあった。左右に裂けた状態ではなく、上下に重なっている。目が4つに増え、その上口も増えた。蛇特有のソナーが使えるため、暗闇になれば圧倒的に有利なのが特徴だ。


「久しぶりに見たが……」


 意味ありげに言葉を止めたアルシエルが、にやりと口角を上げた。


「色っぽい姿よな」

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