333.かける言葉が間違っているぞ

 右腕に魔力を多めに流して治癒を促す。後ろでばしっと壁を叩く音がして、リリアーナは竜のまま駆け寄った。この空間が脆いことを忘れているらしい。足音も荒く駆け寄り、瞬く間に人化した。


「サタン様の腕、痛い?」


 涙を浮かべるリリアーナに両手を広げて肩を竦めた。この者は何を勘違いしている? 一番初めにかける言葉はそれではない。


「言葉が違うぞ」


 指摘すれば、乱暴に涙を拭ったリリアーナは笑顔になった。それから修復された腕をちらりと確認し、遠慮なく抱きつく。


「勝ったの、おめでとう」


 配下の祝福を受けるのは、王の権利だ。リリアーナの背中を叩き、ほどけて流れる金髪を撫でる。髪飾りをどこで落としたのか、後でロゼマリアに叱られるぞ。


 幼い仕草で甘える黒竜の娘は、オレの後ろにある残骸に目を向けた。


「あれ、生き返らない?」


「核を潰した」


 魔族は体の欠片から再生する種族がいる。有名なのは灰からでも蘇る吸血種だろう。竜も息の根が止まって数時間以内に蘇る個体がいるという。彼女の心配はもっともだが、神族は核を壊されれば二度と蘇らない。神格と核、それは誇りと心臓と読みかえられる。仕組みを知らないリリアーナが心配するのも当然だった。


 バアルやアナトであっても、同じように核を潰されたら二度と再生しない。説明してやれば、安心した様子で大きく深呼吸した。


 ぱらりと上から落ちる砂は、この地下の洞窟が崩れる予兆だ。散々暴れた上、リリアーナが尻尾を叩きつけた。それなりに丈夫な地盤でも、穴を支える壁を崩せば天井が落ちるだろう。


「帰るぞ」


 彼女を引き寄せて掴んだまま転移する。行きの危険が嘘のように、帰りは何の懸念もなかった。アスタルテの魔力を終点に設定し、オレはリリアーナと戦場を後にする。崩れる音は聞こえないが、この世界の神とやらは埋葬されただろう。


「おかえりなさいませ。無事の帰還をお喜び申し上げます」


 優雅に一礼するアスタルテは、黒髪を背に流していた。結うのをやめたらしい。出会った頃に近い姿は、懐かしさとあの頃の苦労を思い起こさせる。


「おかえり!」


「あ、サタン様……勝ったんでしょ!」


 駆け寄る双子に、頷いてやる。勝利を喜ぶ子供達の様子にリリアーナも笑顔を振りまいた。


「すごかった! ぐしゃぐしゃに、こうやって潰して勝ったんだよ」


 身振り手振りで戦闘状況を再現するリリアーナの足元がまくれ、褐色の肌が際どい位置まで見える。咄嗟に風を操り、裾を押さえつけた。不思議そうな顔でこちらを振り返る少女に、自覚はない。


「リリアーナ、脚と尻尾が見えてる」


 興奮してしまうのを忘れた尻尾をアスタルテに指摘され、顔を赤くしてスカートの裾を引っ張った。どうやら羞恥心がないわけではないようだ。


「書類の整理をする。明日は狩りだ」


「「「わかった」」」


 子供達は仲良く声をあげて返事をすると、一緒に後宮へ駆けていく。見送って執務室へ向かうオレは、じっと横顔を観察するアスタルテに眉をひそめた。


「なんだ?」


 何か言いたいことがあるなら、さっさと言え。そんな響きに、彼女は「いいえ、お気になさらず」と曖昧な態度で肩を竦めた。見透かされているようで居心地は悪いが、深く追求するのはやめた。

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