329.やすやすとくれてやる命はない

 この程度の姿で、気持ち悪いと称するか。ならばリリアーナの前で獣化するのは避けよう。自然とそう思えた。


 誰に嫌われようとオレはオレだ。そう突っぱねてきた感情が、僅かなり変化した。アスタルテがリリアーナを同行させた理由は、オレの暴走を防ぐためだ。あのまま獣化すれば戻れなくなる……暴走した本能に理性は食い殺されるだろう。


 2万年も戦い、逃げ、地を這いずって生き延びた。その弊害は想像以上だ。この身はすでに獣に食い荒らされた。普段から強靭な精神で抑え込み、かろうじて今の状態が保たれている。気を抜けば、本能はオレの殻を破って呪詛を吐いた。敵に噛みつき、それでも足りぬと世界を滅ぼす獰猛な生き物だ。


 オレがオレであるための封印は、アスタルテが担ってきた。その役目をリリアーナに託したいらしい。


「死ねぇええ! 異物め!」


 少年姿を脱ぎ捨てた神の言葉は、的を射ている。この世界でオレは侵入者であり、他の魔族と一線を画した禍いそのものだった。黒い神がオレを排除しようと動くのは、当然の本能だ。圧倒的な魔力と魔法を操る、獣が体内に侵入した。退治しなくては己が食い荒らされる。その恐怖に駆られ、牙を剥くのは生存本能として正しい。


 だが。


「やすやすとくれてやる命はない」


 追われ続けた2万年の月日は長く、暗く、苦しかった。その痛みを耐えたからこそ、オレは自分らしく生きることを望む。この世界の神がオレの存在を拒むなら、神の地位を奪うのみ。


 強欲で諦めが悪い魔王に歯向かったのが運の尽きだ。大人しく地下に眠っていればよかったものを。保身に駆られ怯えて牙を剥いた獣は、もはや神に非ず――ならば滅ぼされても文句はなかろう。この傲慢さは武器だった。


 振り回された爪を受けた刃を傾け、力を逃す。滑るように落ちた爪が大地を踏みしめ、神は体当たりを試みた。その頭に鋭く長い角が生まれ、串刺しを狙う。身を滑らせてかわし、近づいた首に刃を振り下ろした。鬣の蛇が己を犠牲に刃を横に流す。

 

 舌打ちして距離を置いた。獅子を包む炎が色を変え、白い陽炎は大気を焼き始めた。どうやら長期戦に切り替えたらしい。空気が徐々に薄くなるのを感じ、敵が得意とする地下の不利を悟った。ちらりと後ろのリリアーナを確認する。


「平気! こうするから」


 結界に守られた少女は、予想外の行動を取る。竜化した尻尾と爪を使い、地上へ向けて天井を穿つ。その爪が突き刺さった天井が多少崩れると、広がった空間で全身を竜化した。地上までの高さは不明だが、竜化したリリアーナは空気が薄くなっても耐えられる。最悪でも冬眠のように呼吸を減らして生き残って見せると覚悟を示した。


 邪魔をする気はない。勝手に戦場を壊すつもりもなく、足手纏いにならないと行動して見せた。


「死ぬことは許さん」


「わかってる!」


 叫び返したリリアーナが背後にいる。それは不思議な高揚感となった。

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