313.滅び方くらい選ばせてあげるよ

 双子は神々の禁忌とされてきた。その理由のひとつに、互いが互いの能力を奪い合い、攻撃を打ち消し合う特性がある。水と火、光と闇……どのような形であれ、正反対の能力を持つ。だから疎まれた。どれほど能力があろうと、強大な力を振るおうと拒まれる。


 双子神が生き残るには、どちらかを殺すのが当たり前とされる世界で、アナトはバアルに殺されるなら構わないと思った。バアルはアナトを守れるなら命は要らないと口にした。互いの望みを知った時、お互いに守り合う道を選ぶ。


 魔界と呼ばれる地獄に堕とされ、他の神々から死を望まれても、彼と彼女は繋いだ手を離さなかった。そして捨てる神あれば、拾う魔がいる。難しく厳しい言葉を使うのに、どこまでも優しく触れた温もりに、双子はすぐに懐いた。


「あの人を害するなんて許さないよ」


「私達を甘く見てるのもね」


 双子の妹の影響を強く受け、依存する兄の心は女性に近い。魔王サタンに憧れた時期もあった。そんな感情や歪んだ性癖も、の王は否定しない。受け入れられなくても、手酷く振るような残酷な振る舞いはなかった。


 思春期に歳の離れた兄に恋するような、淡い感情は今のバアルにはない。恋する自分に酔っていたのだと理解した。だけど……兄と慕う気持ちは本物だ。家族である主君を苦しませるなら、闇など消してしまえばいい。


「アスタルテが見つけた」


 意識を重ねたアナトが指差した先、獣人の街があった土地の奥だ。かつて小さな神殿があったのだろう。丘の一部をくり抜いた小さな洞窟は、入り口に守り神となる石像が置かれていた。


 手を伸ばして触れたバアルが、笑いながら壊す。大して力を込めたように見えないが、がらがらと音を立てて崩れる石像は、翼の生えた犬に似ていた。


「守りじゃない、封印だね」


 入る者を威嚇する仕組みはない。中から出てきた者を閉じ込めるための石像だった。崩れた石像の中にあった、色が薄い魔石を握りしめる。砕けた石は、ほとんど魔力を有していない。長い間封印の役目を果たし、今はもう形だけだった。


 洞窟の入り口にあった結界が消え、アナトはきょろきょろしながら足を踏み入れた。


「へえ……意外と明るいのね」


「この辺の石は光ってる」


 バアルが指差した壁の一部は、蓄光しているらしい。動力は魔石だろうか。研究者として気になるが、調査は後で主君に願い出るとしよう。民の役に立ちそうな技術ならば、サタンは研究を妨げたりしない。なぜか己の名を封印した魔王は、シャイターンの称号を使った。必ずあの世界に戻る意思表示なのかな?


 アナトは壁に触れた手を引いて、バアルに差し出す。互いにしっかりと手を握り、少年と少女は洞窟の奥深くへ足を進めた。


 敵の本拠地へ向かうとは思えない、軽い足取りで――創造と破壊を司る双子は笑みを浮かべ、闇が棲まう地下へと降りていく。それが地獄へ繋がる黄泉路だとしても、表情は曇らないだろう。


「お土産に闇を持ち帰りたいけど、崩れちゃうかな」


「だったら瓶に閉じ込めてみる?」


 相談する無邪気な声は地下に響く。負ける心配をしない双子は、螺旋状の道を最下層まで下りた。


「滅び方くらい選ばせてあげるよ」

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