308.お前には屈しない

 地面が揺れる――山脈があるキララウスの方角ならともかく、低い山しかないバシレイアの周辺では珍しい。川の流れを変えたことで荒野は潤い始め、大地に緑が蘇った。


 魔王がこの城に降臨し、圧倒的な実力とカリスマ性で掌握してから……僕の世界は急激に変わった。清らかな子供達の養育を任され、まだ穢されていない乙女による楽園が実現する。誰も彼も素直で、居心地の良い空間だった。


 離宮を与えられ、子供達に衣食住を提供する。すべての子供に教育を与え、気が済むまで庭で遊んだ。魔王の庇護する子供を襲う害獣は、竜や吸血種の気配を恐れ近づけない。


 今日もまた新しい子供が来た。見たことがない子だけど、少年は他の子供に混じって食事をとり昼寝をする。孤児ならば、このまま預かればいい。ユニコーンの姿で彼に近づき、わずかに違和感を覚えた。だがまだ報告するレベルじゃない。何かあれば魔王が助けてくれる。その傲りがあった。


 だから本能が告げた違和感を見落とし……。


「ねえ、なんで抵抗するの」


「抵抗するに決まってる! 僕の子供達を返せ!」


 少年はすべての子供達を掌握した。泣きそうな顔で僕に槍を突きつける子供達をみれば、操ったのだろうと推測できる。なんて悍しい方法を取るんだ。最低だぞ。


 心の中でぼやいて歯を食い縛る。子供を傷つける事はできないし、しない。だが僕が殺されれば、子供達がもっと酷い目に合わされるのは確実だった。あいつの目を見ればわかる。死んだ動物の濁った目と同じだ。


 他者の命なんて理解せず、使い捨てにする気だろう。僕がなんとかしなければ! 魔王を待って連れ去られるわけにいかない。


 ユニコーンはすべて白くなければ仲間ではない。そう言われた過去を思い出した。襲われた母が産んだ僕は、生まれながらに罪を犯した。出産したユニコーンは追放される。母は僕を産んだために、他の獣に食い殺された。


 白に茶色の毛が混じったため、同族から存在すら否定された。中身がユニコーンであろうと、気高い彼らは混じり物を一族に加えることを拒んだのだ。彼らの言い分も理解できる。だって、僕が集めた子供の中に処女じゃない子がいたら排除したくなるから。


 今なら違う考えも持てるが、当時の僕はすべてが白と黒だった。両極端の考えが当たり前で、その世界に新しい考え方をくれたのが今の魔王だ。灰色も存在していい、白と黒以外があって当たり前だと――僕を肯定して許した。だから!


「お前には屈しない」


 ぶわっと鬣を逆立てた。持てるすべての力を攻撃に使う。目の前の脅威のみ排除すれば、あとは魔王が子供達を助けてくれるから。相討ちでも構わなかった。


 僕がこの子達を守らずして、誰が守るのか! 迸る感情に従う魔力が体の周囲に溢れ出した。僕に槍の穂先を向ける子供達は、僕の宝物だ。返せ!!


 言葉にならない想いを迸らせながら、僕は目の前の気味悪い子供へ向けて角を突き刺した。

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