306.舐めた仕掛けをしたものだ
闇の黒糸を追うアスタルテを見送り、双子は顔を見合わせた。よく似た顔に、ひどく残酷で無邪気な笑みを浮かべる。
「同じこと考えた?」
「他のこと考えるわけない」
くすくす笑う2人に、釘を刺しておく。
「アスタルテの邪魔になるな」
大人しくしろと命じる必要はない。アナトとバアルは自分勝手に動くだろう。だがその結果はいつもオレに利を齎らす。愚かな行為で台無しにしたことはなかった。
「「ちょっと出て来る(ね)」」
廊下から庭へ飛び降りた。薔薇の茂みに引っかかる前に、ふわりと舞い上がる。背に羽は不要だ。この世界は魔力消費が少なく回復が容易い。これが全ての魔族に適用されるのか、異世界からきた魔族特有か。考える必要も義理もなかった。ただ恩恵を享受すればいい。
「自由にさせてよいのですかな?」
問うウラノスに、足を止めずに返した。
「なぜ留める必要がある。あれらは我が手足、末端も同じだ」
何をやろうと、誰を殺そうと自由だった。オレのためにならない行動はしない。その根底が共有された彼と彼女らの言動は、すべて我が治世のためだ。自由に動けない手足など、役に立たぬ。言い切ったオレと配下の関係は、この世界の常識ではない。ぬるい環境しか知らぬ彼らに、互いが先読みして動かねば滅びる危機感を持たせるのは不可能だった。
連絡が取れず、数十年単位で互いのために動く。何をしても先が見えず、失敗を繰り返して精神を消耗しても、共通の目的を果たすため足を止めない。この場で世界が滅びてすべてが無駄になっても後悔しない――その覚悟と強い意志がなければ、魔王位など届かなかった。
在位が長く、譲られて実力もない夢魔が王につける世界の彼らが、想像もできない地獄を超えてきた。リリアーナは無言で顔を見上げている。察しがよい子供は、繋いだ手を大切そうに胸に抱いた。
「私は出来ることをする。今は側にいる」
自分に言い聞かせるリリアーナに、僅かに笑みを向けた。嬉しそうに微笑み返す黒竜の娘は、たどり着いた場所に首をかしげる。普段から離発着に使う中庭は、地震の影響で地割れしていた。
「ここで何するの?」
「アスタルテが敵を見つける。バアルとアナトは捕らえに行った」
敵への対策は万全だ。繋がったアガレス達も、すぐに解放されるだろう。ならば優先しなければならないのは、街の損傷の回復だ。背に羽を出して空に舞い上がった。上空から見下ろした街の様子に眉を寄せる。
竜化して追いかけるリリアーナ、アルシエルとウラノスは背に羽を出した姿だった。ヒビに見える地割れは不規則だ。なのに道に沿って割れていない。住居や店舗の下に広がった割れを繋げるように、光の線を紡いだ。それはすべてが一筆書きとなって繋がり、魔法陣をひとつ作り出した。
「なるほど、オレの足元で舐めた仕掛けをしたものだ」
気付かずに塞げば、後に禍根を残す呪詛に近い。オレを殺す為だけにしては、随分と手の込んだ真似をしたものだ。紡がれた魔法陣の文字を読み解き、ひとつずつ解いていく。面倒な作業を黙々とこなすオレの隣で、ウラノスやアルシエルも同様の作業を始めた。
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