303.初手は譲った、報いを受けてもらおう
「私を騙そうなんて……いい度胸じゃない! 呪われし邪神、ククルカンを舐めるのもいい加減にしてもらおうか」
怒るといつもより言葉が大人びる。いや、かつて全き神だった頃の名残りが現れるのだ。ククルの周囲が陽炎を纏って揺れる。赤毛が燃える炎のように逆立ち、赤い瞳がぎらぎらと怒りを宿した。
「うわぁ……」
「久しぶりだね」
「こうなると怖いんだよ」
「私達は平気よ」
バアルとアナトの双子がひそひそと交わす声も、今のククルには届かない。やがて陽炎は本物の炎に変わった。怒りを燃料として激しく燃え盛る炎は、青白い温度を白にまで高める。人間なら触れる前に消失する高温だ。
足元の大地がきらきらと光り始めた。熱せられた大地の砂や土に含まれる硝子が溶けているのだ。にやりと笑ったククルは右手で空間を掴んだ。
「ここ、あんたに繋がってんだろう? 炎で引き裂いて完全に蒸発させてあげるよ」
幼い少女姿のククルに、妖艶な美女の姿が重なる。炎の中でだけ取り戻す姿は、邪神として堕とされる前のククルカンだ。
翼ある蛇と呼ばれる神は、口角を持ち上げて笑う。人ではなく神だからこそ、残酷さが際立つ。容赦も情けも人の管轄であり、神の領域にそんなぬるい考えは存在しなかった。だからこそ彼女は神格を奪われ、汚れの地とされる世界へ堕とされたのだ。彼女を慕い追いかけた一族はすべて滅びた。
炎の化身は足元の闇をしっかりと見据える。敵の姿がはっきり見える。細い紐か糸の束に似た繋がりの先、本体は遠かった。ならば侵入した指先を切り落とそうか。まずは端から刻む。ゆっくりと本体に迫り、細かく……擦り下ろすようにして奪ってやろう。
「初手を譲ったんだ、報いは受けてもらう」
アガレスを操ってリリアーナを誘い出し、オリヴィエラとロゼマリアを人質にでも取ったのかな? くすっと笑うククルが膝をついた。大地に両手を触れさせると、足元が液状化する。溶けているのだ。溶岩に似た流れは深くまで真っ直ぐに進み、闇の先端を焼いた。
ぐおおおお! ぎゃああああ!
悲鳴を放つ大地が身をよじり、空間が悲鳴を上げた。空にヒビが入り、足元が形を崩していく。空間が裂けて別の風景が覗いた。世界がズレて重なる瞬間は激しい振動を伴い、バアルとアナトはしっかり手を繋いだ。
「捕まえた」
ククルは炎から逃げようとした闇を切り取り、周囲を炎で分離した。空間も時間も干渉しない、だが亜空間のように生命を拒絶しない。独特の結界術は、ククルカンが使った技だ。神の技を使う魔王軍の将軍は四方八方に炎を放った。がらがらと景色が崩れながら歪んで、何かが重なる音がする。
カチン、キン、熱せられた金属が発する音に近い。やがて耐えきれなくなった封印が割れて、最高峰の白炎により消失した。
耳が痛くなる高音がキーンと響いて、狂った時間と空間が急激に戻される。収束し融合した世界の中で、ククルは大きく息をはいた。
「お腹すいたぁ」
「先に休め」
倒れるククルを抱き留めたのは、一族を滅ぼした男の声と腕だった。
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