301.翼ある蛇は聞こえぬ歌を所望する
揺らして不安を掻き立てて、使えそうな獲物に細い糸を絡める。まずは少し、次にもう少し深く、そして根元までずっぷりと……徐々に闇を侵食させればいい。最初の違和感が少ないほど、仕掛けはうまくいくものだ。暗闇から繊細な操作を行いながら、闇は身を震わせて笑った。
「ねえ、やっぱり変」
ぴたりと足を止めたククルが周囲を見回す。忙しく働くのは文官達、彼らはすべて人間だ。それ自体は問題ないけど、何か違う。自分が記憶して想像する状況と食い違う欠けが、危険だと叫んだ。見逃すな、致命的なミスになる! と。
「アナト、バアル。おかしい」
彼と彼女は双子神。複製のように互いの変化を見抜く。違和感を探すなら、双子の方が早い。ククルの足りない言葉を脳内で埋めて、アナトがくるりとその場で回った。真似するようにバアルも回ってから首をかしげる。
「いないね、ドワーフ」
「地揺れならニームの歌が効くのに」
「そっか! ドワーフが消えた!!」
大地の歌を歌い、地を鎮めるのはドワーフの領分だ。なのにこれだけ大地が揺れて、歌わない。彼らはサタンとの仕事に満足していた。ならば歌って大地を固めているのに……どうして歌わない? 姿を見せない。
「……本物?」
ドワーフが排除されたなら、この空間は地震の衝撃で別空間に切り取られた。ニームとの契約があるから、ドワーフは大地を離れない。契約を持たない種族が隔離されたのだ。これが攻撃なら、狡猾で能力の高い敵だった。ククルが感じた違和がなければ、まだ術中だったかもしれない。
目の前に存在する者が味方とは限らない。操られたり、敵の幻影や成りすましの可能性もあった。ならば話は簡単だ。よく知る身内から、順番に味方を増やせばいい。分類できなければ放置するか、無力化するだけ。
物、者、場所、空間……どこかに嘘がある。
「確認するね」
「「うん」」
ククルの呼びかけに、双子は大人しく目を閉じた。並んでそれぞれに片手を握り合った状態だ。全身の力を抜いて、アナトとバアルは深呼吸する。
吸って、吐いて、吸って……吐く直前のタイミングで、ククルが動いた。ぱちんと両手のひらを叩いて合わせる。右手をゆっくり握り、左掌から剣を引き摺り出した。体内で錬成する剣だ。
ククルカンはかつて邪神だった。蛇神と読み違え、蛇身と書き違えて伝えられた。蛇身は、すなわち長い得物を示す。彼女自身が剣であり、翼ある蛇の化身であり、世界を食い潰す邪神――堕天した神は、分身たる剣を引いて構える。
短剣のように逆手に持った右拳を耳の高さで構え振り抜くのではなく突き立てる。双子の片割れを背まで貫き、そこから左手に持ち替えて一気に残された双子神を半分に切り裂いた。悲鳴も血飛沫もない。
「本物だった」
蛇身の剣は惑わしを消す。もし双子が偽物なら死んでいたか消える。確かめた後、ククルは無造作に刃を掴んで己の首を掻き切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます