300.要の不在が明暗を分けた
悲鳴を上げる時間もない。喉に張り付いた声が戻る頃には、シャンデリアは消えていた。何もなかったような光景に、ロゼマリアは瞬く。上を見ると、シャンデリアは姿形もなかった。
抱き締めたオリヴィエラの腕の中で、ロゼマリアの唇が動く。間違いなく誰かが消した。頬をかすかに温かい風が撫でる。
「あ、ありがとうございます」
「「「ううん、いいよ(ですよ)」」」
答えたのは3人だった。落ちたシャンデリアは、ククルが砕き、アナトが溶かし、リリアーナが亜空間に回収した。言葉にすれば簡単だが、タイミングを間違えたら大怪我必至だ。
結界を張って自ら飛び込んだオリヴィエラの存在もあり、ロゼマリアは傷ひとつなかった。
レーシーは不安そうに小さな声で歌い、アナトに付き添われて外へ出る。庭はもっとひどい有り様だった。噴水は割れて水が漏れ、花が植えられた花壇は溝ができて大地が陥没し、隆起している。
「地震だね」
「でも変だった」
バアルとアナトが頷き合う。大地に手をついて確認するように目を閉じた。少しして、目を開いた彼と彼女は再び意見を口にする。
「揺れ方が激しすぎる」
「深さがないし、別の場所は揺れてない」
局地的に、バシレイアのみを狙った攻撃だと言い切った双子に、ククルが「喧嘩なら受けて立たないとね」と笑った。外見は子供の3人が恐ろしい顔を浮かべる中、アガレスが通りがかる。
「ああ、みなさんご無事でしたね。離宮の一部が崩れました。誰か助けに手を貸してください」
「いいよ」
私がいくと立候補したのはリリアーナだった。ドラゴンの腕があれば、崩れた瓦礫から人を救助するのも容易い。
「街からの避難民を収容、ですか」
駆け込んだ文官の報告に、ロゼマリアがオリヴィエラを振り返った。濃茶の髪を乱暴にかき回して、オリヴィエラが溜め息をついた。
「わかったわ、行きたいのね。私がつくわ」
護衛なしで出歩けないロゼマリアを手伝うと決めて、オリヴィエラは彼女を追いかけた。
「なんか、変じゃない?」
ククルが首をかしげる。違和感があるのに、その要因がわからない。どうしてか、本能に近い部分が危険だと叫んでいた。無視できない警告に、ククルは迷う。
アスタルテを呼ぶ? でもサタン様のお手伝いに行ったし。召喚された彼女を知るから、邪魔をしたくない気持ちが広がる。迷った末、報告だけすることにした。この判断がどう響くのか、彼女がこの時点で予測することは不可能だ。
どんなに強者が集まっていようと、束ねる者がいなければ集団は機能しない。当たり前のことを、誰もが見過ごした今――事態は最悪の方向へ転がり始めていた。
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