279.義務を果たさねば権利は剥奪される

 王城を捨てて逃げた王侯貴族を探すまでもない。国民がそれを許さないからだ。護衛の騎士がいれば手を出せない国民も、タガが外れれば話は別だった。


 他国がドラゴンやグリフォンに蹂躙された話は、いくら隠そうと民の耳に入る。国家間を移動する商人、親戚、流れた難民、旅人……ルートなどいくらでもあった。特権階級が思うほど、国民は無知ではない。


 王城に残った囮の騎士を片付けたオレは、リリアーナに視線を向けた。心得た様子で頷く彼女は、それだけの成長している。以前なら「なに」と尋ねただろう。ドラゴンから戻ってすぐに服を被る姿も懐かしいが、魔力で服を呼び出す方法も板についた。


 この世界に来て、これだけの短期間で成長した彼女は、言葉がなくても思惑を理解しようとする。どの努力も彼女を一層高みへ導く。ドラゴンに戻った彼女は、服を一時的に魔力に変換して収納した。


 肌を見せるな、命じた時を思い出す。口元が緩んだオレの背を守るように、羽を大きく広げて威嚇の声をあげたリリアーナが、ぶわっと炎を吐いた。


 王城をドラゴンが占拠したと判断した民は、どう動くか。上から見下ろし続けた王侯貴族は知らない。気付こうともしなかった。頂点に立つ者が義務を果たさねば、権利は剥奪されることを。彼らはこれから思い知ることになるだろう。


 すり……と背中にドラゴンの頭が擦り寄せられる。彼女の瞳は、魅了眼の黄金がこぼれ落ちそうなほど大きかった。目元を撫でると、背に乗るよう示される。王城の塔に届くリリアーナの羽の先に、鋭い爪が覗いていた。出会った頃は見えなかった爪は、成人の証だ。


 背の翼を広げ、彼女の目線まで高さを合わせた。得意げに羽の爪を自慢する黒銀の竜に「見事な爪だ」と褒めてやる。ドレスや指輪も与えたが、彼女が一番喜ぶのは言葉だ。認められることや褒められることに価値を見出していた。


 配下とした以上、彼女の望みを叶えるのが主君の役目だ。鱗に覆われた硬い表面をぽんと叩いてやる間に、城下が騒がしくなった。人垣ができ、その中央で声を張り上げる愚か者――逃げる途中で、声高らかに己の居場所を吹聴する貴族だ。


 罵声を放った貴族を、数人が後ろから殴った。倒れ込んで見えなくなると、あちこちで同じような光景が始まる。王城や貴族街から逃げた裕福な格好の逃亡者を、国民が自ら狩りだしていく。逃亡資金として持ち出した金品は奪われ、豪華な服を剥がれ、動けなくなるまで叩かれた。


 文句を言う気力さえ奪う暴行を、冷めた眼差しで見下ろす。あれは未来の自分であるかも知れない。弱者である民から搾取し還元しなければ、統治者の未来は悲惨だった。キララウスの国王ダーウードは、それを知っている。


 王族が与えられる特権は、民を守るために使うべきだ。贅沢を堪能するための道具ではない。


「まだこのまま見てる?」


 うずうずしながら我慢するリリアーナが、竜化したまま話しかけてきた。ずっと出来なかった竜体での会話を会得した彼女は、大きな目を瞬かせる。牙を覗かせて器用に話す彼女の姿に目を細め、再び視線を城下へ戻した。


 自分が新たな術を得るより、配下が苦労して手に入れた小さな変化の方が価値が高い。口元を喜びに緩め、そのまま許可を与えた。

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