277.つくづく度し難い奴らよ
ドラゴンの下降で逃げる兵士の上に飛び降りる。もちろん着地する必要はないため、背の羽を広げた。城内に籠もっていたため、久しぶりに広げた羽の開放感に口元が緩む。城壁の内側で、人間の頭の高さで止まった。見下ろした景色に、王侯貴族は見当たらない。
王たる者が先頭に立たず、誰が従うのか。人間という種族はどこまでも愚かしい。己を守らぬ王のために命を散らすのか。
「迎え撃て!」
「弓兵はどうした!?」
「逃げるな」
指揮官達の必死の叱咤も無視し、兵士が半数ほど後退りした。背に翼を持つ魔族は上位種だ。その認識はこの世界も同じらしい。事実、翼や羽を持つ種族は強者ばかりだった。
「ま、魔物め」
勇気を振り絞った兵士が槍を突き出す。その穂先を指先で摘み、そのまま力を込めて砕いた。甲高い金属の悲鳴が響き、兵士が一斉に逃げ出す。
「こら、貴様ら……」
「忠義を見せろ」
指揮官の言葉など届かない。誰でも己の命が優先だった。勝てないと判断した本能の警告に従うのは、正しい行動だ。足掻いて命を無駄に散らすのは、愚者に分類された。
「王はどこだ」
端的に用を告げる。
頭を潰せば国は潰える、それが人間の国家だった。貴族は王になれない。どんな理由があろうと、王族は世界が選んだ駒だ。勝手に挿げ替える事はできず、もし入れ替わるとしたらそれが世界の意思だった。
強者が頂点に立つ魔族のシステムを取り入れれば、頭を取られても国は残る。どちらも一長一短ある仕組みだが、民を思うなら魔族の弱肉強食の掟は優れていた。弱者だからと虐げるだけでなく、庇護する義務も同時に発生する。
「もう一度だけ聞く。王はどこだ」
答えない指揮官の1人が剣を抜き、突進した。左手の長剣は囮で、右手の短剣が本命だろう。隠したつもりだろうが、動きがぎこちない。
「相手をしてやろう」
魔王の直接の指南など、願っても叶うものではない。有り難く思えと言い放った喉を狙い、長剣が下から突き上げられた。手のひらで防ぐ。黒い手袋の鱗が、長剣を砕いた。
前世界で配下が仕留めた黒竜の革は、そこらの武器など通さない。技量も何もない防御だが、本命の短剣は掴んで止めた。ふわりと臭いが鼻をつく。刃の上に何かが塗られ、銀の金属がくすんでいた。
「毒とは、つくづく度し難い奴らよ」
久しぶりに相手をしてやるつもりだったが、二刀流ではなく毒殺を狙うとは。魔族相手に力量差があるのは仕方ない。それを補うのは技量と心だった。真っ当に戦おうとするなら相応に対峙する。しかし毒を使うなら、こちらも同等の対応で構わなかった。
ドラゴンの血を飲んだ我が身に、毒など意味がない。手袋越しに掴んだ刃に魔力を流した。腐食を早めた短剣は、役目を終えて土塊に戻る。ぼろぼろと溢れる金属が大地に還った。
「影よ、飲め」
命じるのは一言でいい。ぞろりと動いた足元の影が、一気に面積を増やした。
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