270.足りなければ作ればいいの

 吸血鬼の始祖であるアースティルティトは、様々な能力と膨大な魔力を持つ高位魔族だ。しかしエルフのように森を育てる能力はなかった。


 主君である魔王の命令とあれば、どんな無理難題だろうと叶える。ましてや配下を自由に使えと許可を得た。まずは手駒の把握からだろう。承知を伝えてすぐ城へ戻り、アガレスから聞き出した魔族のリストを確認した。


 古代エルフのヴィネは使える。あとは魔法陣の扱いに長けたウラノスか? いや、彼は向いていない。同じ吸血種を使う必要はない。少し迷いながら、指先が止まったのはユニコーンの文字だった。


 リシュヤの一角獣の力は、精霊に近い。森を守り空を駆ける種族ならば、森と魔力の親和性は高いだろう。森の土台となる土を肥やすのは、ドワーフの得意技だ。ノームを使えるドワーフが働く中庭の奥へ足を運び、彼らを説得すれば良い。準備は整った。


 指先で地図を叩きながら、様々な計算を行い頭の中で状況をシミュレーションする。見落としがないことを確かめ、アースティルティトは立ち上がった。





「陛下のご下命だ。この地を緑に染める」


 ぴたりとした軍服に似た恰好に着替えた美女は、黒髪を揺らして簡単そうに指示を出す。ドワーフには前金として異世界の酒樽を渡していた。快くノームと共に大地を揺らす。ノームを呼び出す歌が響き、石畳で固められた土地の半分を豊かな黒土に変えた。


「ここを緑地にすればいいの? 自然な森で構わない?」


 ヴィネはサタンの命令と聞いた途端、機嫌が良くなった。ハイエルフにとって、自分達が住んでいた環境は再現しやすい。魔法陣は不要で、思い描いて魔力を注いでいく。大木が生えるのではなく、芽が出て草が生え揃い、徐々に育った。その速度が早送りのような異常さを備えているだけだ。


 牧草地のように人の手が入った緑の再現は難しいが、自分が暮らしていた森に似た環境を作り出すことは簡単だった。ヴィネ自身が知る森を生み出せばいい。サタンと同じように肯定され、ヴィネは大きく頷いた。


 大地に胡坐をかいて座り、両手のひらを地面に当てる。魔力の無駄を省き循環させるエルフの技が、魔法という形で大地に注がれた。


「……ちょ、足りない」


 もう魔力が持たないと根を上げるヴィネの隣に、アースティルティトがどかっと座った。黒系の軍服に砂埃がついても、彼女は気にしない。触れたヴィネの肩から魔力を流す。逆の手を伸ばし、リシュヤの手を握った。


「いろいろ複雑だけど、力を貸すのは構わないよ。私の環境を守るためでもあるから」


 大量の処女を集めたバシレイアの離宮は、リシュヤにとって天国だ。最高の楽園を維持するために、魔王の命令をこなすのは苦ではなかった。当人はハーレムだと思っているが、周囲から見た感想は「孤児院」である。幼い子供達を安全に保護することにかけ、リシュヤ以上の魔族はいないだろう。


 幻獣に分類される彼は、己の楽園に住む子供達に手を出すことはないのだ。新しい孤児を幾人か融通したアースティルティトの作戦勝ちだった。自然に寄り添う幻獣の魔力は、古代エルフの魔法を高める。


 人工物がいくつも建ち並ぶ都は、森の中の集落と化していた。


「あとは自然に育つよ」


 地脈が逸れた土地だが、ここは大国の王都があった場所だ。水路は確保されており、森と建物が融合する美しい街が誕生した。

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