269.足りないものは用意すればよい

 キララウスの民は、船から想像したより少なかった。28隻の大船団だが、船の積荷はの半分以上は家畜と家財道具だ。人数が少な過ぎた。


 マルファスが資料片手に駆け寄り、慌てて報告を始める。聞き取りをした彼の報告に答えはあった。最後の大きな雪崩で、冬を越すために集まった大半の世帯が飲み込まれたらしい。夏は放牧があるので散らばる民が、冬は一ヶ所に集う。その場を雪が押し潰したのであれば、犠牲者の数は計り知れない。


「魔王陛下」


 キララウス国王のダーウードが、息子スライマーンを連れて歩み寄る。ふと気になった。国王として国を守る男には、跡取り息子がいる。妻はどうしたのか。不躾に問うのも躊躇われたが、この機会を逃すと尋ねられなくなる。


 親しくなればなるほど、踏み入れる範囲が限定される。相手の気持ちを傷つけたくないと考えるようになれば、傷痕を見つけても見えないフリを始めるものだ。


「失礼を承知で問うが、他の家族はどうされた?」


 息を飲んだのは息子スライマーンで、父王は穏やかに口を開いた。


「こちらこそご無礼した。我ら以外の王族は絶えました。妻も娘や弟……年老いた母と共に雪の下です」


 偶然だったのだと言う。王族が使う巨大テントの中で会議を行うため、王と王太子、大臣が顔を付き合わせた。隣のテントは家族用で、年老いた母を囲んで王弟一家や妻子が寝ていた。地鳴りの直後に襲った雪崩は、隣のテントを飲み込み……その向こうにあった集落の大半を潰したのだ。


 国民の3割も残らなかった。作った船は50隻余り、春になって雪解け水で川の流れが安定したら脱出する計画だった。作りかけの船と一緒に幾つかの船は雪に埋まる。残った船にすべてを積み込み、危険を承知で急流を降るしかなかった。


 説明を終えたダーウード国王に、お悔やみを述べて決断する。幸いにして領地は増える一方だ。それが他国を侵略し、襲ってきた敵を返り討ちにした成果だろうと価値は変わらない。


 彼らが森を選択したのは、放牧を生業としてきた種族としての誇りもあるだろう。我が国に突然受け入れを願い出たことへの負い目もあった。ならば、彼らが求める放牧地を用意すれば良い。


 銀狼達に与える前なら、グリュポスの跡地が最適だった。川が森を潤し、数年で地脈が移動すれば土地は落ち着く。しかし取り上げる選択肢はない。新しい土地など、いくらでもあるのだから。


 滅したビフレストの王都は、建物がそのまま残っている。双子神の容赦ない攻撃で生き物が消えた土地は、多少手を加えれば使えるはずだった。家も町並みもそのまま残された平地に足りないのは、放牧に必要な森や草原だった。


「アスタルテ」


 召喚の魔力を込めた響きに、吸血鬼の始祖は即座に応じた。膝をついてマントの裾に口付ける配下に、静かな声で命じる。


「ビフレスト跡地を緑で覆え。どの駒を使ってもよい」

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