263.魔王を狙う駆け引きは不要だった

 アースティルティトは青紫のドレスの裾を捌き、国王一行を案内する。その後ろで、ククルが目を潤ませた。美しい同僚の後姿は足元まで整えられ、自分達のような不調は見受けられない。


「無事でよかった」


「結構大変だったんだ、魔力足りなくてね」


「陛下にお願いしちゃった」


 バアルとアナトが内緒話の要領で、こそこそ教えてくれる。後ろから話を聞くため首を突っ込んだリリアーナが「ふーん」と首をかしげる。話の内容が良く理解できていないのだ。


「ああ、リリーは分からないね。アスタルテは、魔王陛下の側近だよ。私と同じく、向こうの世界から追いかけてきたの」


 仮死状態にしたのも吸血鬼の彼女なのだと説明され、リリアーナはもっとも聞きたい部分だけを直球で尋ねた。


「サタン様の正妻なの?」


「違う。あの人はすごく近くにいるけど、妻にはならない」


 バアルが確信をもって断言した。以前同じ質問をアースティルティトへ向けたアナトも、肩を竦めてから同意する。


「ずっと一緒にいたから、姉弟みたいな関係だって言ってたわ。恋愛感情はないのよ」


 ほっとした安堵の表情を隠そうともしないリリアーナが、ゆらりと尻尾を揺らす。機嫌が直った彼女の現金さにくすくす笑いながら、3人はそっと打ち明けた。


「実はね、陛下って恋愛したことないよ。私はアナトがいない人生なんて考えられないけど」


「陛下に恋人いなかったものね。私もバアルが一番ね」


「父であり兄であり、大事な師匠だが……恋人は別の人がいいな」


 バアル、アナト、ククルがそれぞれに立場を表明する。双子神は互いを一番と認識しているため、二番目に好きな魔王を追いかけた。それは恋愛より親子や家族の感情に近い執着だ。居心地よい空間を保つために、魔王サタンは必要だった。


 ククルも似たようなもので、幼女趣味だと揶揄う魔族の発言をよく潰してきた。彼女にとって育ての親サタンは最上の位置にいる。しかし恋人とは違うのだ。甘えさせてくれるが、どこまで行っても親でしかない。結婚して番になり、子供を作ると考えると違和感があった。


「え? みんな、サタン様狙ってないの? 私はハーレム作るんだと思ってた」


「ああ、そっか。リリーはドラゴンだから、ハーレム当たり前だっけ」


 外部から来た同性に嫉妬もせず寛容だと思っていたが、ドラゴン種の雄はハーレムを作る。雌はそれに従うのが当然なので、違和感を持たずに受け入れたのだと気づく。よしよしと金髪を撫でて、ククルは笑った。


「私たちは全員、陛下の妻や恋人の座は狙ってないよ。だから安心して」


「そうそう、前の世界でも勘違いされたよね」


「僕は一応男なのにさ、見た目や口調で判断されて迷惑だった」


 アナトとバアルも賛同したので、徐々にリリアーナの機嫌が上昇する。先ほどの謝罪も隣に立つことを許してくれた。やっぱり正妻は自分で決まり――リリアーナは笑顔で駆け出そうとして、ロゼマリアに腕を掴まれた。


「よかったわ。リリー様も……皆様も着替えるから来て」


 キララウス国王を案内するアースティルティトはちらりと視線を向けるが、押しの強いロゼマリアに連れ去られる子供達を見送った。そのまま大きな扉の前に立ち、ゆっくりと押し開く。軋み音もなく開いた扉の先の玉座に、すでに着座して待つ魔王の姿があった。

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